表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/465

ホワイトウルフの遠吠え

 俺たちはアデルの案内で、モルトの別邸へと歩いていた。

 徐々に周囲は暗くなり、日没が迫っている。


 馬車を下りた地点へ引き返すように移動して、そこからさらに進んでいく。

 アデルは民家を何軒か通りすぎた後、小ぎれいな家の前で足を止めた。

 

「……モルトがいるといいのだけれど」  


 アデルが不安げにこぼした。

 彼女の様子から、ここがモルトの別邸なのだろう。

 

 窓からは明かりが漏れており、人の気配を感じさせた。

 コンコンと、アデルが玄関の扉をノックすると、中から足音が聞こえてきた。


「おやっ、アデルか」


「モルト、久しぶりね」


 二人は旧知の仲のように、親しげに挨拶をかわした。


「後ろの二人はお知り合いかい」


「マルクとハンクよ。あなたのチーズを食べてもらうために来たの」


 俺とハンクは少し離れていたが、アデルとモルトのところに近づいた。


「はじめまして、マルクです」


「おれはハンクだ。あんたが美味いチーズを作る職人なんだな」


「二人ともよろしく。もしかして、貼り紙を見て来てくれたのかね」


 モルトは白髪を短く刈りこんだ頭をしており、若々しい印象を受けた。

 

「ねえ、牛の乳が出ないって、何かあったの?」


「外は冷えるから、まずはうちへ上がりなさい」


 モルトは俺たちを家に案内してくれた。

 彼に続いて中に入ると、室内は暖房が効いているようで暖かさを感じた。

 玄関を進んだ隣の部屋が居間で、ソファーやダイニングテーブルが目に入った。


「好きなところに座っておくれ。お茶を用意する」


 モルトはそう言って、部屋の奥に入っていった。

 おそらく、キッチンがあるのだろう。


「モルトさんはお一人なんですかね」


「十年ぐらい前に奥さんを亡くしているわ」


「そうだったんですか」


 アデルの言葉に納得した。

 一人で暮らすには少し大きな家のように感じた。

 

「普段は最初に行った方の家で生活して、牛の世話をしたり、チーズを作ったりしているそうよ」


 バラムには農家が少ないので、モルトのように自然中心の生活をしている人が珍しいように感じられた。

 自給自足に近いような生活なのかもしれないが、健康にはよさそうな気がする。


「お待たせ。温かいミルクティーだけど、口に合うかな」


「ありがとうございます」


 モルトは木のお盆にカップを乗せて、持ってきてくれた。

 

 俺はカップを受け取ると、少し口に含んだ。

 湯気が立ちのぼり、ミルクと紅茶が混ざり合うような匂いがした。


 モルトはお盆をテーブルに置くと、ソファーの一つに腰を下ろして話し始めた。


「それで、牛の乳についてだったかね」


「ええ、乳が出ないなんて、何があったの?」


「少し前にホワイトウルフが遠吠えをするようになってから、牛が怯えて乳が出なくなったんだ」


 モルトは困ったような顔をしている。

 俺はその話を聞いて、驚きを隠せなかった。


「ホワイトウルフが出るんですか?」


「おれも驚いた。滅多に見かけない上に、あんまり遠吠えもしないはずだ」


「ふむっ、二人の言う通りだね」


「私はホワイトウルフについて詳しくないのだけれど、どうにかなりそうかしら」


 モルトはアデルの言葉を聞いた後、何も言わずに固まってしまった。


「……近づいても逃げてしまうし、この地域では神聖な存在と言われているから、無闇に傷つけるわけにもいかないんだよ」

 

「それは困ったわね」


 チーズを作りたいモルト、チーズがほしいアデル。

 二人は途方に暮れたような様子を見せていた。


「おれの故郷のことわざで、『敵に油を送る』っていうのがあるんだが、今回はアデルに力を貸してやろう」


 部屋の空気が重くなりかけたところで、ハンクが助け舟を出すように口を開いた。


「まさか、ホワイトウルフを倒すとかではないわよね……」


「ははっ、ひどい言われようだな。とりあえず、おれに任せれば、ホワイトウルフの件は解決できると思うぜ」 

 

 ハンクはいつも開けっぴろげなのだが、今回は具体的な方法を言おうとしない点が気になった。

 ただ、彼への信頼は厚いので、疑うような質問は気がとがめた。


「私の手には余るから、よろしく頼むわ」


「ハンクさんだったか。ホワイトウルフは気難しい存在だが、大丈夫かね」


「ああっ、おれに任せてくれ」


 Sランク冒険者の名に恥じぬように、ハンクは自信ありげな態度を見せた。   

 それから、話に区切りがついたところで、モルトの家を後にした。

 

 レンソール高原は整備された町のように魔力灯がないので、外は真っ暗だった。

 三人とも、自然にホーリーライトを唱えていた。


「そろそろ、夕食にしましょう。食堂へ案内するわ」


「それはいいですけど、けっこう冷えますね」


 完全に日が沈むと、空気の冷たさが段違いだった。


「マルク、おれのでよければ貸すぜ」


 ハンクはいつものバックパックから、緑色のマントを出した。

 

「いいんですか?」


「ああっ、遠慮すんなって」


「それじゃあ、ありがたく」


 共にすごした時間が長くなり、慣れが生じているが、無双のハンクのマントを借りるなんてすごすぎると思った。

 マントを背中から羽織ると冷たい空気が遮られて、だいぶマシになった。

 

 そんなやりとりをしていると、遠くの方から何かが聞こえた。


「……これがホワイトウルフの遠吠えだな」


 ハンクの言葉を聞いてから、もう少し耳を澄ませてみる。


 ウォーンという獣のおたけびみたいなものが聞こえた。


「暗い時間にも鳴くんですね」


「何か理由があるかもしれねえが、今はまだ何とも」


 俺たちはホワイトウルフの遠吠えが響く中、寒空の下を食堂に向かって歩いた。


いいね、ブックマークなどありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ