カタリナとの再会
ダークエルフであるラーニャは珍しいため、宿泊を断られることも予想していたが、衛兵が紹介してくれたことでそれは杞憂に終わった。
翌朝、別々の部屋で目覚めた俺たちは宿屋で朝食を済ませて、カタリナに会うために城へ向けて出発した。
日の出から太陽が上がり始めて、街の人たちが動き出す時間になっていた。
宿屋から通りを抜けて城へ向かおうとすると、人の往来が多いことに意識が向く。
経験済みのことながら王都が都会であるのだと実感する。
街の喧騒に面食らい気味のラーニャに気を配りつつ王都の路地を歩いていく。
以前、弟子として始動したジェイクの店がどこかにあるはずだが、今回は訪ねるほどの余裕はない。
いずれ足を運びたいし、彼の店が順調であることを願うばかりだった。
大まかな地理を記憶しているため、よどみなく移動できている。
以前王都に滞在したおかげで、城までの道のりに迷うことはなかった。
やがて前方に大きな城がそびえるように建っていた。
何度見ても荘厳な佇まいは国王の権威を感じさせる。
城へと続く道を歩き、堀にかかった大きな橋を通過した。
その先には門が上がった状態の通用口があり、門番を担う衛兵が立っていた。
仁王立ちで待ち構えるような状態に見えたが、こちらの存在に気づくと丁寧な動作で頭を下げてきた。
「ようこそ、ランス城へ。お二人が来られることは引き継ぎされています。どうぞ中へお入りください」
「これはどうも。恐縮です」
門番の衛兵だけでなく、近くを通りがかった兵士まで会釈をしている。
どうやら、カタリナを守るべく戦ったことを評価してくれているようだ。
照れくさいような気持ちになりながら、通用門をくぐって城の敷地へと足を踏み入れる。
俺がいることや引き継ぎが行われたことがよかったみたいで、ラーニャを警戒するような反応は見られない。
ラーニャと二人で敷地を歩き始めて少しした後、懐かしい顔があった。
「おや、マルクか。久しいな」
「ブルームさん、お久しぶりです」
少し老けたように見えるが、風格を感じさせる顔つきは健在だ。
彼の歓迎しようとする様子がうれしかった。
「城内の伝令でカタリナ様に会いに来たと聞いたが?」
「はい。彼女に力を借りたいことがありまして」
「ふむ、そうか。わしが案内しよう。こちらへついてきなさい」
ブルームは俺やラーニャに詮索することなく、城内へと導いた。
内側への扉をくぐると懐かしい感じがした。
カタリナに焼肉を提供しに来た時から時間が経過したことを実感する。
「詳しいことはカタリナ様を交えて話そう」
「唐突ですみません」
廊下を歩きながら言葉を交わす。
ブルームは前に会った時よりも物腰が柔らかい気がした。
カタリナのことで頭を悩ますことが減ったのかもしれない。
「遠路はるばるやってきたということは何か事情があるのだろう。ダークエルフが同行していることからも、ただごとではないことは理解できる」
一歩一歩足を運びながら、前に訪れた時のことを思い返す。
くしくも焼肉を振る舞った後は暗殺機構の急襲で危機的状況だった。
今度はその組織に狙われたラーニャを連れて訪れている。
やがて城内の一室に通されて、中にはメイドの姿があった。
彼女はペコリと一礼して部屋の奥に歩いていった。
「カタリナ様は奥におられる」
ブルームに促されて侍女と同じ方向に進む。
すると大きな事務机があり、椅子には少し成長したカタリナが座っていた。
「マルクよ、久しいのう」
「お久しぶりです」
今でも少女の面影はそのままだが、顔つきが前よりも大人びて見える。
金色の髪を一本に束ねて、白いブラウスの襟元には紺色のリボンが結われていた。
「それでどういった用向きじゃ? 余も暇ではなくてのう。この書類の束を何とかしてくれんか?」
カタリナは冗談めかした口調で言った。
忙しいのは本当のようだが、そこまで余裕がないわけではないようだ。
彼女の所作の端々から気品に磨きがかかったような印象を受ける。
「俺から説明するのもいいですけど、本人の口から聞いた方が確実だと思います」
ラーニャは初対面のカタリナとブルームに身構えているようで、心なしか表情が固く見えた。
戦力を借りるという大事な頼みごとである以上、直接話をしてもらうべきだと判断した。
俺を通して聞くよりも本人の口からの方が説得力が増すというものだ。
――ラーニャはカタリナとブルームにここまでの経緯を伝えた。
「ブルームよ、エスタンブルクというのはどの辺りじゃ? 聞いたことはあるが、遠すぎて地理がいまいちピンとこないぞ」
「ランス王国から北にずっと進んだ先ですな。行商はともかくとして、エスタンブルクとは国交がありませぬ」
二人の反応からもエスタンブルクが遠方にあることが分かる。
戦力云々の前に地理的な要因を確かめているような会話だった。
「あまり無理なお願いはしたくないですけど、今は情勢が落ちついたところだと思います。数人だけでも力を借りられたら――」
「みなまで言わずともよい。ここは余に任せるのじゃ」
カタリナは威風堂々とした様子で椅子から立ち上がり、メイドが彼女に紫色のカーディガンを着させた。
どうやら、どこかに向かうようだが。
「ブルームよ、書類作業は必ず終わらせる。少し待つのじゃ」
「承知しました」
ずんずんと足音が聞こえてきそうな勢いでカタリナは部屋を後にした。
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