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希少モンスターの乱獲

 徐々に夜が深まり、通りを歩く人の気配がなくなった頃、レオンは口を開いた。


「少し離れているが、メルツ共和国のアストという町は分かるか?」


「アストか。行ったことはないけど、名前ぐらいは」


 バラムからはずいぶん離れていて、どんな町であるかをすぐに思い出せなかった。


「そこのギルドが悪質で、ツノネズミの乱獲をしている」


「それはやっぱり、角が目当てなのか」


「その通りだ。削った粉末は万病に、角を加工すれば用途は多岐に渡る。それ故に高額だが、そのためにツノネズミが狙われた」


 レオンの話が十分に理解できなかった。

 自然保護組合という組織が国家をまたいで機能しているはずなので、乱獲が許されるとは信じがたい。


「自然保護組合が目をつけそうな話だけど?」


「その説明がまだだったな。僕が組合から、アストのギルドを監視するように依頼を受けた」


「その流れで、レオンが狙われる理由が読めないな」 


 自然保護組合は比較的大きな組織なので、レオンを保護しそうなものだ。


「簡単に言うと、トカゲのしっぽ切りをされたかたちなんだ。雇い主は暗殺機構とはぶつかりたくないらしい。僕一人が消されて、それでなかったことにしようとしている」


「……なんだそれは」


 ひどい話だ。

 組合が本気を出せば、レオンを守る冒険者を雇うこともできるはずなのに。


「仕方がないんだ。アストの規模の町が暗殺機構を雇うだなんて誰も予想できない。ツノネズミで得た利益は想像以上だったんだろう」


 レオンは刺客に狙われ続けて、精神がすり減っているように見えた。

 生気が薄れたような声に感じられる。


「……その刺客に見つかる前に、ハンクに会わせる」


「Sランク冒険者が見ず知らずの僕のために、戦ってくれるとは思えない」


「いや――」


 俺が言いかけたところで、近くに人の気配を感じた。


「あっ、わりぃわりぃ。ワインの様子が気になって、立ち聞きしちまった」


「……ハンク」


 店の入り口にハンクが立っていた。

 どこから話を聞いていたのだろう。


「レオン、あの人が『無双のハンク』だ」


「まさか、本物……」


 レオンは信じられないといった様子で、俺とハンクを交互に見た。


「暗殺機構が相手なら力を貸すぜ。根本的にあいつらが気に食わねえからな」


「今度はメルツ共和国の町ですから、おそらくイリア以外の剣士ですね」


「距離が離れすぎだから、そうだろうな」


 俺とハンクの見解は一致していた。


「……あなたが戦う理由がよく分からない」 


 レオンはまだ戸惑いが消えない様子だった。


「ああっ、めんどくせえ。おれはあいつらが気に入らねえし、腕試しがしたいだけだ。お前のためじゃなくても、そこは気にすんな」


 ハンクは気さくな態度で言った。

 レオンは理解が追いつかないようでポカンとしている。


「とりあえず、よかったじゃないか。これで何とかなりそうだ」


「僕は逃げることだけしかできなかったが、無双のハンクなら何とかなるのか……」


 レオンはそう言った後、どさりと机に突っ伏した。


「彼は追跡されていたみたいで、疲れていると思います」


「暗殺機構に狙われたら、そうなるわな。今晩はおれも残るぞ」


 ハンクはそう言うと、店の外にある椅子を持ってきて腰かけた。


「ちょっと外の空気を吸ってきます」


「念のため、警戒は怠るなよ」


「はい」


 出入り口から店の外に出ると、空気が冷たく感じた。

 星の浮かぶ夜空には、ゆっくりと薄い雲が流れている。


 ハンクに言われた通り、周囲に注意を向けたが、目立った異変を感じなかった。

 しばらく、夜風に当たった後、店の中に戻った。


「それにしても、アストのギルドもあくどいことをしやがるな」


「ツノネズミの話も聞いてたんですね」


「だいたいな」


 会話の邪魔をしないようにしてくれたのだろうが、全く気配に気づかなかったことに驚いた。


「一昔前なら、暗殺機構は安請け合いをしないはずだったが、エバンも含めて、そこらに顔を出すようになってるな」


「本当にそうですね。俺が冒険者をしていた頃は、噂話だけで実在しないと思ってました」


「ベルンは産業が少ないからな。用心棒を収入源にしようとしてるのかもしれん」


 そこかしこでイリアのような暗殺者が闊歩するようになったら、とても危険なことのように思えた。


「そんな顔すんなって。刺客を何人かやっつけたら、暗殺機構も少しはおとなしくなるだろうって」


「頼もしいですね」


 俺は話に区切りがついたところで、温かいお茶と軽食をハンクに用意した。

 それから、自分にも同じお茶をカップに注いだ。


 時折、二人で言葉を交わしてすごしていると、次第に夜の暗闇が明けてきた。




 それから、外が十分に明るくなった頃、レオンが目を覚ました。

 彼に簡単な朝食を出して、それを食べ終わった頃に三人で話し始めた。


「調子はどうだい、少しは休めた?」


「……まあ、多少は」


 彼の目の下にはくまがあった。

 ここしばらく、十分に眠れていないのだろう。


「レオンだったか、暗殺機構の刺客は振り切れたと思うか?」


「……おそらくは」


 レオンの返事は歯切れの悪いものだった。


「アストの拠点を偽装して時間を稼げたと思う。ただ、常に追われているような気配もあった」


「ハンク、暗殺機構は戦闘以外の諜報や追跡は得意なんですか?」


「おれの知る限りでは得意だと思う。レオンのだいたいの位置ぐらいは把握してるんじゃねえか」


「そうなのか」


 レオンはハンクの言葉を聞いて、少しショックだったようだ。


「まあっ、バラムにいると目立つから、町の周辺に潜伏してる可能性は高そうだな」


「それは分かりましたけど、これからどうするんですか?」


「おっ、いい質問だな。真っ昼間に町を突っ切ることはねえだろうから、先手必勝で、こっちから探りを入れようと思ってるんだ」


 ハンクは自信ありげな表情だった。

 彼のそんな様子をレオンは不思議そうな顔で見ていた。


「俺が手伝えることは少ないですけど、任せちゃっていいんですか?」


「そうだな。ちょっくら行ってくる」


 ハンクは近所に散歩に行くようなノリで、どこかへ歩いていった。


「……彼を巻きこんでしまって、よかったのか」


「ハンクを倒せる人間なんて、ほとんどいないはずだから、信じて待てばいいさ」


 レオンは不安そうに見えたが、俺はハンクならどうにかできると確信していた。


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