夜更けの来訪者
魔法使いの男はドミニクから鞭打ちを受ける流れになっていたが、直前で気絶してしまい、使用人たちがどこかへ運んでいった。
俺は鞭打ちの場面を見たくなかったので、内心ホッとしていた。
「あの男はしばらく休ませてから、念のため町の医者に見せる」
「そこまでしてやる必要があるのか」
ハンクはドミニクの恩情に疑念を呈した。
「今後、心を改めるなら、うちで雇ってもいいし、あまりに目に余るようなら……というところかな。ハンク、人を大事に扱って損はないんだ」
「成功者にそう言われたら、何も返せねえな」
ハンクとドミニクは親しい友人同士のように話していた。
二人の様子を見ながら、ある思いがよぎった。
ドミニクほどの人物と話せる機会は少ないのではないか。
そんなふうに考えると、ドミニクに質問してみたくなった。
「実は俺も商売をしているので、ドミニクさんに聞いてみたいことがあります」
「いいとも。ハンクの友人である君なら、だいたいのことは応じよう」
「サソリの力がここまで売れたのは、何か秘訣があったんですか?」
ドミニクは俺の質問を耳にしてから、何かを考えるような間があった。
少し経った後、ゆっくりと口を開いた。
「ポーションへの対抗意識はあったかもしれない。商人として冒険者相手に商売をする中で、疲労や体力を回復させる画期的な商品は需要があると思った」
「では、その需要を満たすものとして、サソリの力を開発したんですね」
「うん、その通り。君の商売も上手くいくといいね」
ドミニクは温かい表情をしていた。
彼の雰囲気から、魔法使いの男が言うような後ろめたいことがあるようには思えなかった。
一連の騒動に決着がつき、俺たちはバラムへ帰ることにした。
最後に宮殿の広間で、ドミニクと別れの挨拶をするような雰囲気になった。
「また君たちに会えるといいな」
「湿っぽいことを言うんじゃねえ。いつでも会えるだろ」
ハンクは明るい笑顔で言った。
「マルク、今度会った時に商売の調子を聞かせてほしい。楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます。また会いましょう」
俺にはドミニクから優しげな言葉がかけられた。
「赤髪のレディはカティナが合わなかったかな」
「まあでも、この宮殿は立派だと思うわ。庶民からそこまでのぼりつめたことも」
「うれしいことを言ってくれるね」
俺たちはそれぞれに言葉を交わして、ドミニクの宮殿を離れた。
去り際に、一人ずつサソリの力を五本くれたのはうれしかった。
宮殿を出て町の中を進むと、馬車の待つ場所に到着した。
ドミニクの使用人が連絡に出向いてくれたので、御者は準備済みだった。
ハンク、アデル、最後に俺という順番で客車に乗りこんだ。
「この町はいかがでしたか?」
席についたところで、御者の青年が声をかけてきた。
「面白い経験ができましたよ」
「それはよきことですね。それでは、バラムの町まで出発します」
馬車は徐々に動き始めると、カティナの町の中を進みだした。
この町は普段生活している場所とは違う、不思議な魅力があるように感じた。
カティナ周辺は砂地が多かったが、しばらく経つと固まった地面の続く街道に切り替わった。
馬は砂漠に近い地形は動きにくそうな印象だったが、地面になると滑らかに進むようになった。
その後、途中の町で休憩を挟みつつ、夜更けにバラムの町に着いた。
「皆さま、長旅お疲れ様でした」
「あんたもよく頑張った。また、馬や馬車のことで困ったら、いつでも言ってくれ」
「はい。その節はありがとうございました」
ハンクと御者の会話を聞く限り、「ハンク限定クエスト」をクリアして支払いに充てたことが想像できた。
「ここまで、お疲れ様でした。次の機会も会うかもしれませんね」
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしています」
御者の青年は丁寧な態度で、俺たちを見送ってくれた。
ハンク、アデルと共に馬車乗り場から歩き出した。
「俺は自宅がありますけど、二人は寝るところあるんですか?」
「おれは泊めてくれる町の人間がいるから、特に問題ねえな」
「私はバラムで滞在に使っている部屋があるから、今日はそこに泊まるわ」
「そうですか。それじゃあ、時間も遅いので、解散でいいですね」
「ああっ、またな」
「また会いましょう」
俺は二人を見送ると、自分の店に向かって歩き出した。
休業日を設定しがちなので、留守中の店の様子が気になっていた。
馬車乗り場の辺りから少し歩くと、暗闇に包まれた「冒険者の隠れ家」が見えた。
まずはホーリーライトを唱えて、その後に外のランプに魔法で火を灯した。
ある程度、明るさが保たれたところで、周囲の様子を確認する。
お客用のテーブルや椅子、店の外周を眺めてみたが、いつも通りだった。
「外は異常なしっと」
今度は店の中を確かめる。
店内のランプに魔法で火を灯すと、ずいぶん明るくなった。
七色ブドウのワインが入った樽は存在感があるが、邪魔になるほど手狭ではない。
ハンクたちと準備をした時を思い返すと、微笑ましい気持ちになった。
大まかな確認を済ませて出ようとしたところで、後ろの方で物音がした。
明らかに聞き違いではなく、全身に緊張が走った。
慎重に振り返ると、見覚えのある人物が立っていた。
「……レオン」
「……マルク、久しぶりだな」
レオンは冒険者時代の仲間だった。
彼は剣技の素質があり、調査能力の高さが印象に残っている。
「ちょっとまずい依頼があってな。暗殺機構の暗殺者に狙われてる」
「……それって、大丈夫か」
「今のところは雲隠れできているが、長くは厳しいな」
レオンは普段通りに話しているように見えたものの、死を覚悟しているような諦めが感じられた。
「お前と会わない間に、無双のハンクと知り合いになった。彼なら、暗殺機構を返り討ちにできるかもしれない」
ハンクを巻きこむべきではないが、旧友の窮地を見逃すことはできなかった。
「……そうか。少し考えさせてくれ」
レオンはそう言った後、何かを考えるように静かになった。
俺はすぐに作れるお茶を用意して、彼にカップを手渡した。
「……飲めよ」
「……悪いな」
それから、俺たちは何も言わず、静かな時間を共にすごした。




