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夜の訪れと作戦開始

 盤上の熱戦が幕を閉じる頃、ミズキとアデルが戻ってきた。

 二人は街中を歩きながら戦利品を見つけたようで、俺たちにも差し入れを買ってきてくれた。

 紙袋に入ったそれはイノシシ肉が刺さった串焼きで、食べてみるとなかなかの味だった。 


 俺が差し入れを食べ始めたところでミズキはシャッハ盤に興味を持ち、ギュンターにルールを聞いてからアカネと打ち始めた。

 和の国では戦術論が必修科目なのかと思うぐらい、ミズキもけっこう強かった。


「二人とも強い師匠に教わったりしたのか?」


「うーん? うちの家族もあたしと同じぐらいの強さだし、これぐらい普通だと思うけどなー」


「……そいつは恐ろしい。オレが手合わせしたら、誰にも勝てないってことか」


 ギュンターはシャッハに思い入れがあるようで、がっくりと肩を落とした。

 きっと、サクラギ版は将棋のようなものになるため、基本的な戦術も異なるはず。

 そうなれば、彼は地元の人たちに手も足も出ないだろう。


 俺の近くでいたたまれない光景が繰り広げられているわけだが、ギュンターに構うことなく、アカネがペチペチと手を叩いた。


「――皆の衆、拙者から話をさせてもらう」


 アカネはいたって真剣な調子で、大事なことを話そうとしているようだ。

 ギュンターは肩を落としたままだが、俺を含めた他の面々は彼女に顔を向けた。


「これから、デックスの手下を締め上げて、本丸であるデックス本人も討ちに行く」


「うんうん、任せたよ」


 ミズキは全幅の信頼を置いているようで、何度か頷いてそれを示した。


「手下はともかく、デックスまでやれるのか?」


 ギュンターはいつの間にか気を取り直していた。

 真顔でアカネにたずねている。


「夜闇に紛れれば、そう難しいことではない。それにあの男の様子では住み慣れた土地で慢心している。今なら奇襲が有効なうちに狙うことができる」


「……シャッハの腕前で分かったが、アカネが味方でよかったとつくづく思う。デックスがいなくなれば喜ぶ人間はたくさんいる。難儀な注文かもしれないが、できれば生け捕りにできないか?」


「できる、できないということならば前者であろう。だが、忍びこむには危険も伴う。デックスを捕えた後はギュンター殿の仲間で取り囲んだ方が安全だ」


 サクラギの忍びとレイランドの料理人が物騒な話をしている。

 とはいえ、乘りかかった舟である以上、俺も何かあれば手伝うつもりだ。


「それなら、酒場で仲間を集めて待機する。必要なタイミングで呼んでくれ」


「ふむ、承知した」


 二人の話はまとまったようだ。 

 声をかけるなら今がちょうどいいだろう。


「何か手伝えそうなことはありませんか?」


「よそ者が酒場にいると目立つ。お前は他の二人とロミーの近くにいてくれ」


「分かりました」


 地元のバラムならば勇んで加わるところだが、レイランドのことを詳しくない以上、ギュンターに従う方が無難だと判断した。

 

 アカネは椅子に座った状態で地図を確認しており、暗唱するように何度か口を動かしていた。

 それは最終確認みたいなものだったようで、その後に椅子から立ち上がった。


 出発しようとするアカネにミズキが声をかける。


「アカネなら大丈夫だと思うけど、無茶はしないようにね」


「サクラギの名に泥を塗らぬよう、役目を果たして見せます」


 ミズキとアカネが主従の固い絆で結ばれていることを再確認した。

 主君は揺るぎない信頼を感じさせる余裕があり、家臣は自らの使命を果たすことへの自信を声色ににじませた。


 やがてアカネが入り口から外に出ると、彼女に続いてギュンターも出ていった。

 二人がいなくなった後、室内に沈黙が訪れる。


 しかし、それも長くは続かず、ミズキが口を開く。


「ねえねえ、アデルはこれやらないの?」


 彼女はテーブルに置いたままのシャッハを指先で示した。

 アデルはその言葉に反応して一瞥した後、すぐに視線を元の位置に戻した。


「サクラギでショウギをやった時に完膚なきまでに叩きのめされたから、あんたとはやりたくないわ」 


「うーん、つれないなー」


 二人の様子を見て、ロミーがくすりと笑った。

 張り詰めるようだった空気が緩んだような気がする。


「さっきとは別の種類のお茶があるんです。アカネさんとギュンターが戻るまで、それを飲んで待ちましょう」


「いいですね。ぜひお願いします」


「ふふっ、今から用意しますね」


 ロミーは別室へと移動していった。

 

「今更ですけど、ミズキさんはアカネさんのことを信頼しているんですね」


「うんまあ、長い付き合いだし。鍛え方が尋常じゃないから、上位の冒険者が相手でもない限りは安心して見てられる」


 そう口にしたミズキに力みはなく、気負いを一切感じさせなかった。 


「ミズキは例外だけれど、サクラギは一芸に秀でた頭のネジが飛んだような人が多い気がするわ」


 俺たちの会話を聞いていたアデルが冗談めかして言った。

 皮肉というよりも褒めているように聞こえた。


「さすがにネジが飛んだは言いすぎだと思うけど」


 ミズキとアデルの間柄も関係するようで、ミズキは笑って流していた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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