早すぎるメインディッシュ
カティナの町は普段生活している地域とは異なる雰囲気だった。
石と土で作られたような、独特な雰囲気の民家が立ち並ぶ。
異国情緒漂う町並みが遠くに来ていることを実感させた。
夜も更けてきたこともあり、通行人はちらほら目にする程度だった。
バラム周辺では洋装に近い衣服が中心なのに対して、この町の住民たちは上下がくっついたローブのようなものを着用していた。
過去に来たことがあるらしいハンクは先へ先へと進んでいくので、見失わないように注意しながら足を運んだ。
夜の静寂に包まれた町を徒歩で通過して、宮殿の前に到着した。
間近で見ると、より迫力を感じる大きさだった。
宮殿の主の趣味なのか分からないが、周囲一帯に魔力灯が点灯されていて、ライトアップされたような外観になっている。
入り口には守衛が待機しており、俺たち三人に視線を向けていた。
「おおっ、偉大なるハンク。どうぞ中へ」
「よっ、通らせてもらうぜ。後ろの二人は仲間だからな」
「かしこまりました」
筋骨隆々の守衛の男は、ハンクだけでなく、俺とアデルにも頭を下げて見送った。
入り口を通って中に入ると、ずいぶん高い天井に驚かされた。
天井や壁には繊細な装飾が施されており、巨大な芸術作品を見ているような気分になった。
「すげーだろ。ドミニクはクリムゾンスコルピオから栄養剤を作って、一代で財を成したんだ。この宮殿もあいつが建てた」
「もしかして、『サソリの力』を発明した人ですか?」
「ああっ、そんな名前だったか。それを作ったのはドミニクだな」
王都で売り切れ続出の栄養ドリンク、その名も「サソリの力」。
バラムのような辺境では滅多に手に入らず、俺は実物を見たことがない。
冒険者仲間に聞いた話では、これを飲めば夜通し働いた後でも疲れ知らずだとか。
俺とハンクが話していると、奥の方から人の気配が近づいてきた。
立派な体格の男と使用人らしき数名の男女。
「こんな時間に誰かと思ったら、ハンクじゃないか。ようこそ、わが友よ」
「おう、久しぶりだな。近くに用があるんだが、泊めてもらえないかと思ってな」
「もちろん、イエスだ。部屋なら余るほどある」
ドミニクは全身でハンクを歓迎するような仕草をしていた。
日に焼けた肌と黒い巻き毛、筋肉質な身体が印象的だった。
「あと、おれの仲間二人もよろしく頼む」
「友の友はもちろん友人だ。はじめまして、君たち」
「アデルよ、よろしく」
「マルクです。よろしくお願いします」
俺とアデルはそれぞれ、ドミニクに挨拶をした。
「わが友ハンク、再会を祝して、乾杯しよう」
「おおっ、いいのか。泊めてもらう上に酒まで」
「なかなか会えないのだから、こちらからお願いしたいぐらいさ」
ドミニクは嫌みな成金などではなく、さわやかな人柄の男だった。
「もちろん、ハンクの連れの君たちも」
「あら、いいのかしら」
アデルは酒好きなところがあるので、何だか嬉しそうだった。
「それじゃあ、俺も遠慮なく」
せっかくの機会なので、相伴に預かることにした。
ドミニクの厚意で酒の席が開かれることになった。
俺たちは大広間に案内され、使用人たちが手早く飲み物や食事を用意してくれた。
「それでは、偉大なる冒険者とその仲間たちの繁栄を願って――」
「「「「――祝福を!!」」」」
ドミニクを含めた四人で、杯を掲げた。
どういう作法なのか分からないが、いきなり酔うのはマナー違反という方式のようで、最初の飲み物は冷やした水やお茶だった。
出された料理をつまみながら、ハンクやドミニク、時にアデルの話に耳を傾けていると、使用人たちが美しいガラス細工のグラスを持ってきた。
「これはカティナ周辺に自生するアガベの蒸留酒なんだ。酒が苦手でなければ、ハンクの友の方々も是非」
グラスを受け取って待っていると、順番に使用人が注いでいった。
客人優先のようで、俺たち三人に注いだ後にドミニクという順番だった。
「マルクとアデル、ていうか主にアデル。度数が強いから飲みすぎるなよ。明日がきつくなるぞ」
「まあ、失礼しちゃうわね。人を酒好きみたいに言って」
「レディ、彼の言う通りだから、ほどほどに」
ドミニクは微笑みながら、アデルに言った。
「おかまいなく。美味しく頂くわ」
アデルは上品な仕草でグラスを掲げた。
俺たちは二度目の乾杯をして、アガベの酒を飲み始めた。
ハンクとドミニクが注意した通り、ガツンとくる飲み口だったので、早々に勇気ある撤退を選んだ。
俺がお茶を飲みながら歓談を楽しんでいると、使用人が別の料理を運んできた。
「今日のメインディッシュ、クリムゾンスコルピオのから揚げの登場。どうぞ、召し上がれ」
ドミニクが誇らしげに紹介してくれたが、俺とアデル、ハンクの三人で互いに顔を見合わせた。
「実はなドミニク、おれたちはクリムゾンスコルピオを探しに来たんだ」
「ほう、そういうことで。サソリたちのいるところは案内できるから、まずは食べてみてくれるかい」
「まあ、そうだな」
話がまとまったところで、三人同時にクリムゾンスコルピオのから揚げに刺さった串を手に取った。
もてなしを受けているということもあり、アデルは顔に出さないようにしているようだが、緊張した様子が垣間見える。
俺も少し抵抗があるが、酒の勢いを借りて口へ入れた。
「……美味い」
サクッとした食感、癖のない風味。
酒の肴にぴったりだと感じた。
アデルも似たような感想のようで、驚いたような顔をしている。
「どうだ、美味いだろう」
「たしかに美味しいけれど、レンソール高原のチーズと比べたらどうかしら」
「マルク判定員。この味をよく覚えといてくれよ」
ハンクは本気とも冗談とも取れる様子で言った。




