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砂漠へ向かう旅

この話から新章です。

 あの日以降、イリアや暗殺機構を警戒して、夜道を歩く時はアルダンの武器屋にもらった刀を携帯してみたが、危険な目に遭うことはなかった。

 エバン村の温泉にまつわる胸のつかえが取れたことで、店の営業に集中できるようになった。

  

 そんなある日。ハンクとアデルが常連ということもあり、二人のためにナイター営業をしていた。


 元々、ハンクは酒が入っても変化が乏しいのだが、今夜のアデルは酔いが回っているようで、普段よりも饒舌になっていた。

 試作品のジントニックもどきがずいぶん気に入ったようで、何杯もおかわりしたからだろう。


 酒の肴には何が合うかを話し始めたところで、口火を切ったのはアデルだった。


「お酒の最上の付け合わせは、レンソール高原のチーズよ。これは絶対」


「いやいや、ここは譲れねえ。ラビ砂漠のクリムゾンスコルピオのから揚げだ」


「うわっ、サソリのから揚げなんて、エルフの食べるものじゃないわ」


「エルフ様はそうだろうな。あの味を知らないとは、ずいぶん損してるぜ」 

 

 二人とも落ちついた人柄なのだが、食へのこだわりに火がついてしまったように見えた。

 ハンクは雑食かつこだわりが少ない印象なので、アデルのノリに合わせているだけの可能性もある。


「よしっ、ここはマルクに判定を任せるとして、まずはラビ砂漠に行こうじゃねえか」


「望むところよ! その次はレンソール高原に行くわよ」


「ええっ、俺も参加なんですか」


「「もちろん!」」


 二人同時に眼差しを向けられると、威圧感がヤバい。


「分かりました。次の定休日まで待ってもらってもいいですか」 

 

 俺が投げかけると、ハンクとアデルはうんうんと頷いた。


「ちなみに、マルクは砂漠に行ったことあるか?」


「いえ、一度もないです」


「そうか、砂漠仕様の装備はこっちで準備するから、軽装一式と使い慣れた得物は自分で用意してくれ」


 砂漠など一生縁のない場所だと思ったので、専用装備がどういうものなのか想像もつかなかった。


 酒の肴論争はこれにて一時休戦となったようで、二人はいつもの調子に戻った。




 それから数日後の朝。

 俺はギルドの遠征で使っていた荷物一式を持って、待ち合わせ場所の馬車乗り場にいた。

 

 あらかじめ、日帰りはできない予定だと聞いていたので、店はまたしても臨時休業にすることにした。

 一部のお客から聞いた話では、いつ開くか分からないから、営業日が待ち遠しくなるらしい。

 意図した結果ではないので、素直に喜んでいいのか複雑な心境だった。


「おやっ、今日はマルクさんも馬車に乗られるんですね」


「おはようございます。今日もお世話になります」


 バラムの御者が少ないこともあり、以前と同じ青年が今日の担当のようだ。


「ハンクさんからラビ砂漠へ行くために、カティナの町までお送りするように伺っています。長旅になりますが、今日の夜遅くには到着予定です」


「あれっ、暗い時間も馬車を走らせるんですか?」  

 

「夜間の移動はなるべくお断りしているのですが、ハンクさん自ら護衛を買って出てくださったので、特例ということで受けさせて頂きました」


「なるほど、納得です」


 ハンクが料金をどうしたのか気がかりだったが、だいたい想像がついた。

 馬車馬のひづめを調整したとか、御者の悩みを解決したとか、今回も「ハンク限定のソロクエスト」をこなしたのだろう。


 御者と話していると、アデルとハンクがほぼ同時にやってきた。


「おう、マルク。雨が上がってよかったな」


「おはようございます。移動が長そうなので、天気が心配でしたね」


「ふぅ、サソリを食べるために遠出するなんて」


 アデルは出発目前にして、気乗りしない様子だった。

 どこか遠くを見つめて、ため息をついている。


「俺もすごい食べたいわけではないですけど、砂漠に行ったことがないので、楽しみですよ」


「砂漠は美味しいものが少なそうだけど、勝負を引き受けた以上は仕方ないわよね」


 彼女は諦めたように言うと、早々に客車に乗りこんだ。


「マルク判定員。サソリはゲテモノという先入観は公平性に欠けるぞ」


「俺もアデルと同じように初めてなので、何とも……」


 あえて言うまでもなく、アデルが推しているレンソール高原のチーズの方が魅力的だった。


「それでは出発しますので、客車へお願いします」


「「はーい」」


 俺とハンクは順番に客車に乗りこんだ。


 俺たちが席に腰を下ろすと、馬車はバラムの町を出発した。


 外の景色を眺めていると、町の中から街道に差しかかる。

 馬車はそのままテンポよく足を運び、順調に進んでいった。




 その後は途中の町で休憩を挟みつつ、日没後にカティナの町に到着した。

 日が暮れてからも移動していたが、幸いなことに護衛ハンクの出番はなかった。

 

 外は暗くなっているので、足元に注意して客車を下りた。

 ホーリーライトを唱えて、明かり代わりにする。


 カティナの町の外周にはかがり火が並んでおり、町の中には魔力灯が立っているので、多少は町の様子が分かった。

 

「遅い時間ですけど、宿を探さないといけないですね」


「ああっ、おれの知り合いがいるから、そこに泊めてもらう」


「宿屋はないのかしら。民泊なんてイヤよ」 

 

 アデルは移動の疲れもあってか、少し不機嫌だった。


「民泊っちゃ民泊かもしれねえな。泊まるのはあそこだ」


 ハンクはそう言うと、町の方角を指先で示した。


「暗くて分かりにくいですけど、あの宮殿みたいなやつのことですか」


「そうだ。あれが友人のドミニクの家だ」


「こんな辺境にあんな立派な宮殿があるなんて、この辺りの王族なのかしら?」


「いや、ジャレスは商人で庶民の出なんだな」


 詳しい話は後ですると言って、ハンクは宮殿に向かって歩き出した。


「まあ、その辺の民家じゃないだけマシよね」


 アデルはぼやきながら、ハンクに続いた。


 当の俺はというと、Sランク冒険者ネットワークに驚きつつ、宮殿の中がどうなっているのか気になり始めていた。


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