魔法使いたちの本領発揮
正面の敵と対峙してすぐに、ミズキとアカネは間合いを詰めようと踏みこんだ。
しかし、その動きが読まれていたように何かが飛んできた。
「――二人とも、危ない!」
俺は思わず声を上げた。
危険な場面だったが、ミズキたちは咄嗟に回避して事なきを得た。
今の攻撃が脅威だったようで、二人は手前に引き返して様子を窺っている。
「……姫様、彼奴は溶岩を操れるようです」
「うん、アカネも気をつけて」
二人の言葉通り、石つぶてのように飛んできたのは溶岩だった。
火山を鎮められるというのは広い意味で溶岩を操れることなのかもしれない。
「あんなものが直撃したら致命傷になりかねないですね」
隣にいるアデルへと声をかけた。
「マルク、ここは魔法使いの出番よ」
「えっ、どういうことですか?」
「アイシクルで氷柱を飛ばして、溶岩を相殺するのよ。そうすれば、ミズキたちがあのサルに接近できるわ」
彼女の言葉には自信がこめられていた。
魔法の扱いに長けていることで、確信が持てるのだろう。
「――さあ、飛んできたわ。早速やるわよ」
「はい!」
再び溶岩が飛来しようとしていた。
瞬時に集中力を高めて、その魔法を口にする。
「「――アイシクル!」」
俺たちの正面から無数の氷柱が飛んでいく。
それらは次々に溶岩にぶつかって蒸発していった。
「……魔法使いって規格外だね。反則だよ」
「姫様、あの攻撃がなければ、こちらから接近することができます」
「はいはい、いっちょやったりますか!」
刀を手にした二人が再度攻勢に出る。
そこへ弾丸のように溶岩が向かおうとするが――
「そうはさせない。アイシクル!」
コレットとの特訓が効果を発揮したようで、爽快なまでに魔法を扱うことができる。
隣のアデルほどではないが、溶岩を相殺するのに十分な数の氷柱が出せている。
正面の猿人族は魔法で反撃されることは予想外だったようで、徐々に後ずさった。
放たれる溶岩は増えているが、俺とアデルの魔法が完全に相殺している。
こちらから見て打つ手なしに思われたところで、背中を向けて逃げ出そうとした。
「このっ、逃がすか!」
ミズキの声が火口周辺に木霊した。
アカネが最短距離で近づいた方が早く決着がつきそうだったが、ミズキに花を持たせようとしたようにも見える。
ミズキは刀を振り上げて斬りかかろうとしたが、振り下ろした途中で止めてしまった。
猿人族は何が起きているのか分かっていないようで、そのまま火口を離れて逃げていった。
「……逃げられましたね」
「ミズキは優しいから、斬れなかったんじゃないかしら」
「ああっ、なるほど」
ミズキと付き合いの長いアデルならではの言葉だと思った。
「まあ、いいじゃないの。予定通りなら、火山の動きは収まるはずだから」
「それもそうですね」
俺は周囲に危険がないかを確認しながら、アデルと共にミズキたちのところへと近づいた。
「二人ともありがと! あの溶岩は何ともならなかった」
「いえ、発案はアデルです」
「手伝うって約束したから、あれぐらい何てことはないわ」
「拙者からも感謝を申し上げる。姫様と二人だったら、逃げ帰ることしかできなかった」
「殊勝なことね。普段からそれぐらいの低姿勢でいいのよ」
アデルは表に出さなかったが、アカネの態度に思うところがあったらしい。
場を取りなすようにミズキが前に出る。
「まあまあ、ツンツンしてるところも愛嬌だと思ってね、マルクくん?」
「いやー、俺に振られても……」
アカネは美女の部類に入ると思うが、戦闘力が高すぎて反応に困る。
どう返すべきか決めかねていると、アカネが咳払いをした。
「姫様、宝刀を投げ入れてください。それでヒフキ山の火口は鎮まります」
「あははっ、そうだね。それを済ませないと」
ミズキは誤魔化すように笑った後、懐から布に包まれた何かを取り出す。
彼女が包みを解くと、中からは橙と朱を混ぜたような色の不思議なものが姿を現した。
日本の遺跡で発掘されそうな遺物のようで、太い短剣のようなかたちはしているものの、これ自体で何かを切ることはできなそうだ。
「では、マルク殿とアデル殿はお下がりを」
アカネは俺たちに下がるように両手の動きで示した。
ミズキ以外の三人が火口から離れて、彼女は火口へと近づいた。
「――火の神に申し上げる。我はサクラギの血族」
ミズキは祝詞のような文言を述べた後、宝刀を高々と掲げて火口へと投げ入れた。
直後には何も起きなかったものの、少し経過した後に火口から声とも地鳴りともつかないような響きが轟いた。
反射的に噴火でも起きるのかと身構えるが、徐々に噴煙が少なくなり、火山活動が収束しているのだと理解した。
「ふふん、これにて一件落着。猿人族もバカじゃないから、どこかに隠れてひっそり暮らすはずだよ」
「ヨツバ村は大丈夫なんですか?」
「それなら問題なし。火山のことがなければ、サクラギの兵に手も足も出ないから。この状況で村に手を出せばどうなるか分かるはずだよ。それにあたしたちに続いて、村に兵士が駐留するようになってるから」
のほほんとした雰囲気のミズキとは思えぬ詰め方だった。
いや、店を数軒持っているのだから、頭は切れる方なのか?
「アカネ、マルクくんがアホな子を見る目をしてるよ」
「承知しました。ここで切り結んで、火口への供物としましょう」
ミズキはふざけているようだが、アカネは表情を変えていないため、冗談か本気かの判断ができない。
「……ふっ、恩人を斬り捨てるはずがない。夜が更ける前に村へ戻ろう」
「心臓に悪いので、そういう冗談はほどほどに頼みます」
アカネにそう伝えると、かすかに笑みを浮かべたように見えた。
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