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沸き立つムルカの街

 外の様子を見に行くことになり、俺たちは部屋を出た。

 幅の広い通路を抜けてロビーに出ると、玄関から入ってきた人物が近づいてきた。

 それは通用門にいた兵士のローサだった。


「アデル殿、探しておりました」


「あら、血相変えてどうしたの?」


「そ、そちらの御仁は無双のハンクでしょうか?」


「えっ、そうだけれど」


 ローサは門番の仕事を上がったようで、防具は装備しておらず身軽な格好だった。

 肩の下に伸びた茶褐色の髪は乱れており、ここまで急いできたことが窺える。


「どうした、おれに何か用か?」


 アデルとローサの様子を見ていたハンクが名乗り出た。

 俺には何が起きているのか分からず、彼も不思議そうな顔をしている。 


「その、漆黒の旅団……郊外の洞窟に潜む盗賊が壊滅状態になったと騒ぎになっていまして……。貴方が夕方に街へ戻ってきたのを見たものですから、もしやと確かめに参った次第です」


 ローサの説明を受けて、俺とハンクは顔を見合わせた。

 彼は面食らったような表情をしており、きっと俺も同じ顔をしているだろう。


「それなんだが、おれは関係ねえんだ」


「では、そちらの男性が……?」


 ローサの視線からは、この人物にそんなことが可能なのか、という半信半疑の感情が透けて見えるようだった。

 現役の冒険者ではないとはいえ、微妙に傷つくところだが、まずは状況を説明した方がよさそうだ。


「えーと、俺から説明しましょうか」


「そうだな、よろしく頼む」


 俺はローサに洞窟で起きた出来事を一通り話した。


「――そんなわけなんですが、街に戻った時に話せばよかったですね」


「いえいえ、こちらこそ早とちりして申し訳ありません。それにしても、シルバーゴブリンが実在するとは驚きです」


「あいつらは謎が多いもんな。人間と交流することもあるが、基本的には隠遁生活を好むってのもある」


「俺の前に姿を現したのは、彼らがグルメを欲した時と重なったと」


「まあ、おそらくはな」


 前に会った時もその場限りで、それ以降目撃情報は皆無だった。

 これまでのことを考慮すれば、ハンクの話も納得できる内容だ。


「もしかして、街の様子が騒がしいのは盗賊が壊滅状態になったからですか?」


 ムルカの事情に詳しくないが、悪党が成敗されて暴動になるとは考えにくい。


「お察しの通りです。壊滅の報は街に行き渡り、喜びを爆発させて住民たちが騒いでいます」


「盗賊と街の関係がよく分からないんですけど、教えてほしいです」


「もちろんです。マルク殿は被害を受けられた立場でもありますので」


「立ち話もあれだから、向こうの椅子に座りましょう」


 アデルの提案で、俺たちはロビーの一角にある立派なソファーに腰を下ろした。


「それで盗賊についでですが、彼らはムルカの街に根を張り巡らせて、住民から金品を奪ったり、脅しをかけて不法な行為を働いたりしていました」


 そう話すローサの顔には険しい色が見て取れた。

 正義感が強いのか、何か面倒をかけられたのか。  

 出会ったばかりの彼女に詮索するようなことは控えたい。


「彼らの厄介な点は狡猾なやり口を取りながらも、何名か腕の立つ者がいることでした。実際に仲間の兵士も深手を負うことがありましたから」


 彼女の話を聞く限り、盗賊たち――漆黒の旅団は危険な者たちだったようだ。

 シルバーゴブリンたちがいなければ、俺自身も危うかったかもしれない。


「ちょっくら街の様子を見に行こうと思うが、特に問題ねえよな」


「この街の誰であろうと、無双のハンクを傷つけられるとは思えません。ご安心ください」


「だってよ。まあ、マルクもそこまで弱いわけじゃねえし、気楽にいこうぜ」


「ははっ、そうですね」


 俺がハンクに笑いかけたところで、ローサが深々と頭を下げた。

 

「ご協力ありがとうございました。私は頂いた情報を報告に戻ります」


「あんまり無理するんじゃないわよ。働きすぎは健康に悪いから」


「お気遣いありがとうございます、アデル殿」


 ローサはさわやかな笑みを見せると、颯爽とロビーから去っていった。


「それじゃあ、街の様子を見に行くとするか」


 ハンクは沸き立つ街が気になっているように見えた。

 熟練の冒険者でありながら好奇心旺盛なところもあるので、実際に足を運んで見ておきたいということなのだろう。


 三人で玄関を抜けて邸宅前の緩やかな傾斜を下っていく。

 道が平らになったところで、周囲に民家が立ち並ぶのが目に入った。

 裕福な住民が住む区画のようで、魔力灯が設置されて道も整っている。


 大通りから少し距離があるのだが、こちらまで騒がしい音が聞こえてくる。

 

「すごいことになってますね」


「以前、治安悪化に盗賊が関係していると聞いたけれど、そこまで危険とは知らなかったわ。そんな存在が打倒されたら、こんなふうになるのも自然ね」


 アデルは納得したように言った。

 俺はその言葉に同意を示して頷いた。


 浮き足立つような心地で、二人と共に路地を歩いていった。

 徐々に歓声や熱気のような気配が近くなり、通りに出たところでその光景に目を奪われた。


「――わっ、すごい騒ぎだ」


 魔力灯だけでは物足りないと言わんばかりに、あちらこちらにかがり火が設置されている。 

 揺らめき立つ炎は住民たちの盛り上がりを表わしているかのようだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

次話から新章に入ります。

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