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洞窟で手に入れたフォアグラの味わい

 アデルは蒸し器の用意ができると、布で包んだフォアグラを中に入れた。

 こちらの世界で蒸し料理を見る機会は少ないので、なかなか貴重な場面だと思う。


「これでしばらく経てば完成よ。さっきの味つけだけで食べられるけれど、せっかくだからソースを作るわね」


「おおっ、本格的な。完成が楽しみです」


 アデルは壁にかけられたフライパンを手に取り、空いた方のかまどに置いた。

 続けてバターや赤ワインなどの材料を揃えると、それらを混ぜ合わせて調理した。


 作業の途中でハンクのことが気にかかり、様子を窺うと椅子に座ったまま眠たそうにしていた。

 俺を探すために体力を使ったはずなので、ずいぶんと疲れているのだろう。

 彼ほどの実力者が人前で眠そうにすることなど考えられないのだが、それだけ俺たちに心を許してくれているのだと考えた。


 やがて、アデルの作ったソースも完成して、皿に完成した料理が盛りつけられた。

 本格的な西洋料理のように見映えがする仕上がりだった。

 一朝一夕で身につくとは思えない技術なので、彼女の食への探求は作ることも含まれるのだと気づいた。


「見事な出来映えですね」


「まずまずってところかしら。これで完成だから、ハンクに声をかけてあげて」


「分かりました」


 俺が声をかけようと近づいたところで、ハンクがスッと背中を伸ばした。

 アデルとの会話が聞こえていたのだろうか。

 

「……いい匂いがするな」


「フォアグラの料理ができましたよ」


「そうか、そいつは楽しみだ」


 俺たちは調理場の一角にあるテーブルを囲むようなかたちで椅子に腰かけた。

 用意されたのはフォアグラの一品と調理場にあったワインだけ。

 それでも、俺たち三人の目は輝いているのだった。


「さあ、冷める前に食べましょう」


「こいつはすげえ料理が出てきたもんだ」


「ボードルアの肝でこんな料理ができるなんて感動です」


 早速、ナイフとフォークを手に取り、皿の上のフォアグラに切れ目を入れる。

 ほとんど力を入れることなく、真っ二つになった。

 調理中は気づかなかったが、アデルが固さを調整していたのだと思った。


 とても柔らかいものの、フォークに刺さらなかったり、簡単に崩れたりするわけではない。

 俺はフォークに刺したフォアグラを口の中へと運んだ。


「……んっ?」


 しっかりと味わうように何度も咀嚼する。

 濃厚で上品な味わいなのだが、経験したことのない味に戸惑いが生じている。


「はぁっ、世界にはこんな美味い料理があるのか」


「フォアグラは初めて?」


 アデルがハンクにたずねた。

 すると、彼は笑顔で首を左右に振った。


「いや、食べたことはあるが、こんなに美味くなかった。鮮度と調理法の差だよな」


「あら、そんなに褒めてくれるのね」


「美味いもんは美味いとしか言いようがねえんだよ、はははっ」


 ハンクはそう言って、フォアグラを続けて食べ始めた。

 アデルはその様子を満足そうに見ている。


「マルクはどう? 口に合ったかしら?」


「いやもう、素材とアデルの調理法が組み合わさって、すごい完成度です……」


 複雑な香りと濃厚な甘み、どこにも存在しない臭み。

 伝えたいことはたくさんあるのだが、あまりの美味しさに言葉が出てこない。


「いやー、食った食った。あっ、このワインはけっこういいやつだな」


 俺が味わって食べていると、ハンクが完食を宣言した。

 グラスに注がれたワインを美味しそうに飲んでいる。


「一人当たりの量はけっこうあったと思いますけど……」


「けっこう動いて腹ペコだったからな」 


「そうですよね」


 ハンクの屈託ない笑顔はとても眩しく見えたのだった。


 それから、俺とアデルもフォアグラを食べ終えて、食器や調理器具の片づけを済ませた。

 洞窟を出た時点で夕方だったこともあり、窓の外は薄闇が広がり暗くなっている。


「今日はここに泊まるわよ。部屋はいっぱいあるし、防犯的にも問題ないわ」


 食後のひと時、アデルが腕組みをして言った。

 俺が連れ去られた件を真剣に考えてくれているのだ。


「もちろん、いいですよ」


「おれもいいぜ。こだわりもねえし、ムルカに滞在するのも面白そうだ」


「ハンクは一人で出歩いてもいいけれど、マルクが外出する時は私かハンクと二人以上で歩くこと。いいわね?」


「……はい、そうします」


 アデルは引率の教師のように厳かな物言いだった。

 年齢の話をすると逆鱗に触れそうだが、彼女の方がだいぶ年上なので従うことに抵抗はない。


「あれ、何かあったんですかね」


 二人との会話を楽しんでいるところで、急に建物の外が騒がしくなった。

 街には祭りなどが催されるような気配はなく、危険な目に遭ったばかりなせいか、思わず身体がこわばるのを感じた。


「たまに街の住人たちが騒ぎ出すことがあるのよ。暴動などじゃなくて、そういう気質というか」


「モルネア人自体が陽気なやつが多いからな」


「ああっ、なるほど」


 アデルとハンクの説明を聞いて安心した。

 まさか、ここに攻めてくるとは思わないが、そういった可能性がゼロではないと思わせるような雰囲気がこの街にはある。


「まあ、三人で見に行く分には問題ねえだろ」


「そうね、見に行ってみましょうか」


 様子を確認しようと思っているのか、アデルたちは足を運ぶことに前向きだった。

 一人なら気後れするところだが、二人が一緒なら問題ないと判断した。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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