シルバーゴブリンとの探索
閉じこめられていたところを出てから、シルバーゴブリンと戦っていた者たちが地面に転がっているのが目に入った。
すでに絶命しているようで、身じろぎ一つしない。
「さっきはこの人たちと戦ってたんですか?」
長老ともう一体のシルバーゴブリンに声をかけた。
彼らの手にする松明が周囲をほのかに照らしている。
「どうも、この洞窟を根城にしていたようでな。『ゴブリンだー!』という叫び声が聞こえたと思ったら、一気に襲ってきおった。風貌からして盗賊じゃな」
「ずいぶん、あっさりしてますね」
「ボードルアを探そうとしたところを襲撃されたら、返り討ちにするしかあるまい。おとなしくしとったら、戦うつもりはなかったんじゃが」
長老の言葉は憐れみというより、合理性に重きを置いているように感じられた。
シルバーゴブリンたちに抵抗することが無意味だと、敵側に気づいてほしいのかもしれない。
「そういえば、この洞窟のどこかにボードルアがいるってことですか?」
「うむ、その通り。信頼のおける人間からの情報じゃ、ここで間違いない」
「へえ、人間とも交流があるんですね」
彼らのキャンプに行った時、行商人から焼肉のことを聞いたという話を思い出す。
「信頼関係があれば種族は関係ないもんじゃ。コボルトだろうが、オークだろうが、それこそ人間であっても」
基本的にフランクな感じの長老だが、少し強い口調に聞こえた。
おそらく、彼らはそういった関係性を重視しているのだろう。
長老と話しながら、何かを忘れていると思った。
そういえば、荷物一式がどこかになくなったままだ。
「ボードルアを探す前に、俺の荷物を探してもいいですか?」
「おお、そうか。盗賊どもに奪われたか。特徴を教えてくれたら、この者に探しに行かせるぞ」
「助かります。荷物は――」
長老に説明すると、別のシルバーゴブリンに指示を出して、どこかへ向かわせた。
「この洞窟にあるのなら、必ず見つかるじゃろう」
「本当にありがとうございます」
俺はこの洞窟の地形に明るくないので、長老に案内を任せて歩いている。
人間とゴブリンが並んで歩く様子は見る人が見れば、目を疑うような光景に見えることだろう。
しかし、俺と長老の間に緊張した空気は感じられない。
「前のキャンプの様子だと、もっと下っ端のゴブリンがいませんでした?」
「それは他の場所を探しているからじゃな。いくつか分岐しておって、事前情報だけでは調べきれんのだ」
「ああっ、なるほど」
人工的に発生したものではないので、洞窟が入り口から出口まで一本道などということは滅多にない。
途中で分岐して分かれ道になっているのは普通のことだ。
「ボードルアから採れるフォアグラ、どんな味か気になります」
「わしも気になる。かなり濃厚で舌先がとろけるほどの美味さらしい」
長老はうっとりするような様子で言った。
シルバーゴブリンたちが足を運んでいるのだから、きっと美味いものなのだろう。
「長老、荷物アッタ」
「おう、そうか。ご苦労ご苦労」
先ほどのゴブリンが俺の荷物を手にして戻ってきた。
中身を確認すると、少し埃っぽいだけで何か盗まれたわけではなかった。
これから物色しようとしたところで、シルバーゴブリンたちとの戦いになったのかもしれない。
「ありがとうございます。中身は無事でした」
「それはよかった。これで前の貸しはなしじゃ」
「……貸し、ですか?」
何のことか分からず、思わずたずねる。
「焼肉の食べ方を教えてくれたことだのう」
「ああっ、なるほど。それじゃあ、貸し借りなしということで」
「そうじゃな」
俺は長老との会話が終わったところで、荷物を回収してくれたゴブリンにも感謝を伝えた。
そのまま何ごともなく洞窟を歩いていると、慌てた様子の足音が近づいてきた。
長老たちが警戒しないので、彼らの仲間の足音だと判断した。
「――チョウロウ、ボードルア、見つカッタ」
「おう、でかした。案内するのじゃ」
「……コッチ」
報告を終えたゴブリンが長老を案内しようと先を進んだ。
興奮で気が急いているのか、歩む速度がずいぶんと速い。
長老は苦もなく続いており、遅れないように彼らの後ろを追った。
やがて洞窟の中を移動した先に、周囲が開けた場所に出た。
騒がしい気配のする方に目を向けると、シルバーゴブリンが水辺に集まっている。
泉と呼ぶには広い面積で地底湖のようなものだと判断した。
「……あれ、シルバーゴブリンって水が苦手なのか」
周囲の状況を詳しく知りたいと思い、ホーリーライトを唱えた。
淡い光の球体がこちらの意思に応じて前後左右に動く。
水際に光を近づけると足元から急深になっているようで、シルバーゴブリンが足踏みしている理由が分かった。
「長老、俺も近くで見たいんですけど」
「そうじゃな、上手くいっとらんようだし、わしらも加勢するか」
俺たちは水辺へと近づいていった。
先に何かを追っていたゴブリンたちは長老に気づくと静かになったが、長老が獲物に集中しろというような指示を出すと、場の空気が落ちついた。
「視界が不十分ですけど、シルバーゴブリンは夜目が利くんですか?」
「いや、見ての通りじゃ。明かりがなければほとんど見えん。さっきのおぬしの魔法って、もうちょっと大きくできんの?」
「お安いご用です。眩しいかもしれないので、ちょっと注意してください」
通常ではホーリーライトを強くする機会は稀なのだが、注ぐ魔力を多くすれば光量を増やすことは簡単だった。
「――いきますよ」
宙に浮かぶ光の球が発光の度合いを強める。
洞窟の闇に慣れかけていたので、俺自身も手で顔を覆わないと眩しく感じた。
――その時だった。
水面で巨大な魚が飛び跳ねて、水中に戻っていった。
「……のう店主、見えた?」
「はい、見えました」
おそらく、突然の発光に驚いたのだろう。
転生前の世界における、アンコウに似たフォルムだった。
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