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洞窟での目覚め

 ――ポタリと頬に水滴が落ちてくるのを感じた。


「……ここは?」


 ずいぶんと長く眠っていた気がする。

 固い地面に横になっていたようで、身体の節々に痛みを感じる。


 充満する湿気とカビのような匂い。

 俺のいる場所は薄暗いのだが、少し離れたところにかがり火が見える。

 上下左右が岩肌に囲まれた様子から、どこかの洞窟内であると判断した。


「たしか、香水の店に入って、それから――」


 意識が落ちるまでの記憶は曖昧で、すぐに思い出せそうになかった。

 手足は自由になっているものの、目の前には鉄格子の扉があるため、ここから逃げ出すことは難しそうだ。


 ハンクやアデルの実力なら、俺がここにいることに気づけば救出可能だと思う。

 しかし、ムルカのような大きな街で連れ去られたのであれば、彼らがこちらの状況に気づく可能性は低い。


「……これはまずいことになった」


 冒険者をしていた時にも、こんな窮地に陥ったことはなかった。

 ここへ連れ去った者たちのことを調べたいが、近くに人の気配はないようだ。


 不幸中の幸いと呼べるのか分からないが、大きなケガはしていない。

 この扉さえ外すことができれば、どうにかして逃げられるかもしれない。


 俺は鉄格子を握って、大きく揺らしてみた。

 少しぐらいは緩んだりするかと予想したが、頑丈な構造で何も起きなかった。


「くそっ、これじゃあどうにもならないな」


 意気消沈しながら、扉の前を離れる。

 ふと、今のような状況で焦りは禁物だと気づいた。


 おそらく、無傷のままということは人質として扱うつもりか、何か貴重な情報を聞き出すつもりという可能性がある。

 焼肉のレシピを知りたいという、のほほんとした理由ならかわいいものだが、そんなことはないだろう。

 あるいはうちの店を脅かして、身代金を払わせようとするのかもしれない。


 治安の悪い地区があり、周囲の状況に注意するようにと聞いていたが、こんなことになるとは想像もつかなかった。


「……んっ?」


 今は手の打ちようがないと思いかけたところで、遠くの方から戦いの気配がした。

 何が争っているのか分からないが、どちらか片方は俺を連れ去った側だろう。


 アデルやハンクが助けに来たのならよいものの、彼らがここを探り当てたにしては早すぎると思われた。


 状況を見極めるため、どこからか生じる音や気配に意識を傾ける。

 それらは徐々に近づいてきて、かがり火の向こうに影が見えるようになった。


 素早い動きの小人のような存在が単独で、二人の人間を圧倒している。


「なんだ、あれは……ゴブリン?」


 明るさが足りないため、そんな風に見えた。

 仮にゴブリンだったとして、俺自身が知るものとはかけ離れた動きだ。

   

「――いや、違う。シルバーゴブリン」


 それが普通のゴブリンでないのなら、その可能性が一番高いと気づいた。

 もっとも、遭遇した時から時間が経っており、詳しいことは曖昧だった。


「……必ずしも味方になってくれるとは限らないか」


 外の様子を注視していると、ひたひたと足音が近づいてくるのが聞こえた。

 かろうじて覚えているのは、ハンクの小細工が通じないモンスターという説明。

 ここで気配を隠そうとしても人間より優れた嗅覚があるので、見つかる可能性が高い。


 暗がりで体色が判別できなかったものの、かがり火に照らされて銀色の全身を目視することができた。

 何かあった時は鉄格子が盾になるとよいが、知能がある彼らなら開けてしまったとしてもおかしくない。


「おーい、助けてくれ」


 敵意を感じさせないように注意しつつ、会話を試みる。

 呼びかけるまで気づいていなかったようで、シルバーゴブリンは驚いたように顔を向けた。


「ニンゲン、捕まったノカ?」


 シルバーゴブリンはゆっくりと歩いてくると、淡々とした口調で問いかけた。


「たぶん、ここの奴らに連れ去られた」


「……オマエ、ドコカデ見たことアル」


「以前、会ったことがあるかも」


 向こうからは見分けがつくかもしれないが、こちらからは判別ができない。

 珍しい種族ではあるので、あの時に出会ったグループのうちのどれかである可能性はあるはずだが。


「ニンゲン、少し待ってイロ」


「……ああっ、はい」


 シルバーゴブリンは不思議なモンスターだと思った。

 敵意がないことが伝わったのか、攻撃してくるような気配はなかった。


 そのゴブリンは踵を返すと、どこかへ戻っていった。

 何が起こるか予想できないが、今は彼らを頼るしかなかった。


「――おやまあ、こいつは気の毒なことで」

  

 先ほどのゴブリンに案内されて、一体のシルバーゴブリンが現れた。

 そして、開口一番に流暢な人間の言葉を口にした。 

 

「あれ、長老……?」


「久しぶりだのう、焼肉屋の店主」


「あっ、覚えていてくれたんですか?」


「もちろんだとも。おぬしの影響で、あれから豚焼肉がわしらのキャンプで大ブームじゃった。最近は新たなグルメを探しとるんじゃがな」


 洞窟に囚われている身に構うことなく、長老は食への飽くなき探求を語り始めた。

 適当なところで止めないと話が終わりそうにない。


「ところで、ここから出してほしいんですけど……」


「そうじゃのう。ほれ、さっきの鍵で開けてやれ」


 長老が先ほどのゴブリンに指示すると、器用な手つきで扉の鍵を解錠した。

 ギィーっと音を立てて、鉄格子の扉が開いた。


「助かりました。ありがとうございます」


「それはいいんじゃが、フォアグラって知っとる? ボードルアって魚から採れるらしいんじゃけど」


「ええまあ、その魚の肝がそうらしいですね」


 薄闇で見分けがつかないはずなのだが、長老の目に輝きが差したように見えた。

 どういうわけか、彼らの目当ても俺たちと同じだったようだ。


「ぬおお、そういうことじゃったか」


「助けてもらった恩もありますし、よかったら手伝いますよ」


「これも何かの縁だのう。よろしく頼む」


 こうして、シルバーゴブリンのフォアグラ探しを手伝うことになった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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