休暇をもらったので旅に出ます
ある日の閉店後の店の敷地。フレヤとシリルと仕事終わりの雑談をしていた。
いつも通りの和やかな雰囲気だったが、意を決したようにシリルが口を開いた。
「――マルクさん、少し前から働きすぎです。自分が店を回せるようになったので、休みを取ってはいかがですか?」
「えっ、そう? そんなに疲れて見えるのか」
「今までならないようなミスがありますし、店の要であるマルクさんに無理をさせられません」
「そうか、そんなにか……」
期間限定レストランと店を行ったり来たりするような生活が続いたことで、想像していたよりも疲れが溜まっていたようだ。
「予約客にお金持ちや有力者が多かったし、橋の改修のためっていうプレッシャーもあったからな。言われてみるとそうかもしれない」
「シリルの意見は一理あるかな。従業員も増えて余裕もあるから、旅に出るなり、のんびりするなりして、しばらく休むといいよ」
同席したフレヤもシリルに同意を示した。
彼女の目から見ても、俺は疲れているように見えるのだろう。
「そこまで気遣ってもらった以上、休んだ方がいいだろうな」
こうして、俺は従業員公認の休暇を得ることになった。
翌日。仕事がないとやることがないと気づく。
何となく落ちつかない気持ちになりつつ、一軒のカフェに立ち寄った。
日当たりがよさそうなので、通り沿いのテラス席を選ぶ。
朝の日差しはさわやかで、それを感じられる自分は大丈夫だと安心した。
転生前の暗黒時代には、朝からどんよりした気分だった記憶があるからだ。
給仕人に軽食と飲みものを注文して、ぼーっと周囲の景色に目を向けた。
そよ風に揺れる木々とそこを飛びかう小鳥たち。
とても平和な光景が目の前に広がっている。
「――あら、朝から呆けた老人みたいな顔して、どうしたの?」
「あっ、おはようございます」
「ええ、おはよう」
アデルはこちらに顔を向けた後、同じテーブルの近くの席に腰かけた。
彼女が座ったのを見計らい、従業員から休みを言い渡された経緯を説明した。
「ふーん、できた人たちね」
「ずいぶん、成長してくれました」
二人で会話をしていると注文した飲みものが運ばれてきて、アデルは給仕人に紅茶を頼んでいた。
「そういえば、トリュフのレストランは盛況だったみたいね」
「はい、おかげさまで」
取りとめない話をした後、彼女に確かめたいことが思い浮かんだ。
「この辺りでトリュフ以外に高級食材ってありますか? せっかく休みで時間ができたのと、色んな食材を見てみたいと思って」
「そうね、トリュフ以外となると……」
アデルは少し考えた後、思い出したように口を開いた。
「ここから離れているけれど、フォアグラならあるわ」
「……えっ、フォアグラあるんですか?」
転生前に一度だけ食べたことがある。
濃厚でオンリーワンのまろやかさ。
ただ、フォアグラが存在するとなると無視できない要素に気づく。
「あれですか、やっぱりガチョウとかアヒルを太らせて……」
――以下省略。
朝のカフェのようなさわやかな場では最後まで口にできなかった。
「……へっ? 何を言っているの。飼育するような鳥は関係ないと思うけれど」
「あれ、違うんですか?」
「違うも何もフォアグラはダンジョンで採れるのよ。養殖して採れるなら誰も苦労しないわ」
アデルは少し呆れた様子だった。
とりあえず、飼育した鳥からではないと知って、何だか安心するような気持ちだ。
「何だか早とちりしてすいません。教えてもらってもいいですか?」
「遺跡や洞窟の奥に潜むボードルアという魚型モンスターの肝がフォアグラよ」
「……なるほど、魚の肝」
説明は分かりやすいのだが、どんなモンスターなのか想像できない。
店の人に紙と書くものを借りて、実際にアデルに書いてもらった。
「――だいたい、こんな感じかしら」
「字も上手でしたけど、絵も得意なんですね」
「ありがとう。苦手ではないわね」
ちなみにボードルアはアンコウによく似た見た目だった。
また、頭部にはチョウチンアンコウのような突起があり、それで小型のモンスターを寄せて捕食するらしい。
「これ、陸生ではないですよね」
「ええ、ダンジョンの奥の泉、それ以外だと地底湖辺りにいると聞くわ」
「けっこう衝撃です。こんなのがいるんですね」
これまでに色んなモンスターを見てきたが、洞窟の奥に潜むアンコウによく似たモンスターというのは興味深い。
それにそのボードルアから採れる肝がフォアグラと呼ばれているということも。
「ちなみにですけど……」
「ああっ、採りに行きたいのよね。それは構わないけれど、ダンジョンとなると危険があるかもしれないから、ハンクにも声をかけたら?」
「はい、そうします!」
情報が少なすぎるので、アデルの同行は必須だと思った。
それにハンクが加われば、大抵のことはどうにかなりそうだ。
「それと旅の準備が必要だから、数日後にしましょう。候補の場所がいくつかあるから、回ることになるかもしれない。何泊かできる用意をしておいて」
「分かりました」
面白そうな話になったことで、胸が沸き立つのを感じた。
料理を作ることは退屈ではないものの、このような高揚感を抱くことは少ない。
この感覚が久しぶりだとするならば、どこかで無理をしていたのかもしれない。
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