カタリナからのリクエスト
俺は調理場に足を運んでから、置いておいたエプロンをつけた。
注文は入っていないため、そこまで慌ただしい様子は見られない。
「マルクさん、ポタージュが完成しました。味見をお願いしても?」
「はい、すぐに」
ベランさんに頼まれて、かまどのところへ移動する。
鍋の中のポタージュからは湯気が上がっていた。
スプーンですくい上げて、少し冷ましてから口に含む。
アデルが教えてくれたものと大きな差はない味だった。
「ありがとうございます。これで大丈夫だと思います」
「ふぅ、安心しました。今日は身分の高い方が来ると聞いていたので、緊張していて」
ベランさんはホッとしたような表情を浮かべていた。
ランス王国の大臣が来るともなれば気持ちは分かる。
「そのうち注文が入るので、それまでは待機でいいと思います」
「承知しました」
俺は指示を出してから、パメラに声をかけに行った。
開店前の最終確認を済ませておきたい。
「準備は大方できたみたいですね」
「ええ、問題ないと思います。それにしても、マルクさんは本当にカタリナ様と面識があるのですね」
「いや、まあ……」
きっかけはブルームに呼ばれて王都に出向いたことなので、自分から積極的に動いた結果ではない。
パメラは感心しているようだが、素直に自慢していいものか迷うところだ。
適当なところでパメラとの会話を切り上げて、バゲットの用意や調理器具の確認を済ませた。
彼女やクレマンさん、ベランさんはカタリナの来店に緊張しているが、何度か会ったことのある俺はそうでもなかった。
「けっこう危ない場面も一緒だったよな」
王城の外庭で暗殺機構の刺客から襲撃を受けた際、カタリナを守るかたちになった。
家族とまではいかないにしろ、親戚の子どもに食事を振る舞うような感覚が近い。
「――ご注文、入りました」
「おっ、いよいよだ」
「パスタとパン、それぞれ一名様分でお願いします」
給仕係が調理場の近くに来て、注文を告げた。
「はい、了解しました」
「こっちも大丈夫です」
パメラの声が聞こえた後、確認のために反応を返した。
クレマンさんとベランさんには動き方を伝えてあるため、こちらから指示を出さなくても動いてくれる。
俺は専用のプレートの上にバゲットを乗せて、一人分の量を切り分けた。
それから簡易冷蔵庫からトリュフペーストを取り出し、外気で柔らかくなってから塗っていく。
パンの分が完成したところで、給仕用のトレーに皿を乗せた。
他方に目を向けると、パメラはパスタを茹でているところで、クレマンさんたちはそれぞれ別の作業をしていた。
今回は用意する量が少ないため、手伝う必要はなさそうだ。
「一旦、使い終わった道具を洗い場に移動するか」
今の時点でやれそうなことに手をつけるうちに、トレーの上に必要なものが用意されて、給仕係がホールに運んでいった。
「少し間を挟んで、この後にもう一組来られるそうです」
四人の作業が一段落したところで、パメラが調理場にいる全員に呼びかけた。
事前に地元の人が来る予定だと聞いている。
俺は洗い場で調理器具を洗い終えてから、用意された乾いた布で水滴を拭いた。
今日はそこまで忙しくないため、調理場の空気はゆったりしていると思った。
「――失礼します。マルクさん、少しよろしいですか?」
「はいはい、何か用ですか」
「実はカタリナ様がお肉も食べたいと仰ってまして……調理場の在庫に牛肉はありませんか?」
調理場にやってきた給仕係は遠慮するような言い方だった。
肉がないことが分かっているから、そんな態度になるのだろう。
「残念ですけど、在庫はないです」
「左様ですか。カタリナ様はトリュフを召し上がったことがあるそうで、トリュフと牛肉は合うのではと話されまして……雰囲気からマルクさんの料理をご所望なのだと感じました」
「状況は分かりました。ここからうちの仕入れ先が近いので、そこへ行って牛肉を分けてもらってきます」
こちらがそう告げると、給仕係の表情が見る間に明るくなった。
「非常に助かります。それではお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
給仕係に返答を伝えてところで、エプロンを外して畳んだ。
「パメラさん、聞こえてましたよね」
「ええ。時間に余裕はありますから、行って頂いて問題ありません」
「ちょっとすいません。すぐに戻りますから」
俺はエプロンを調理台の脇に置いた後、自分の荷物から財布を手に取った。
足早に裏口に向かって歩いていく。
扉を開いて外に出ると、燦々と太陽が輝いていた。
「昼時でもセバスの店は開いてるんだったか」
いつもと違う時間に訪れるのは不安もあるが、まずは彼の店を訪れた方がいいだろう。
レストランの裏口を離れて、マーガレット通りの方へと歩いた。
セバスの店は目と鼻の先であり、短時間で到着できた。
「おおっ、マルクじゃないか。こんな時間にどうした?」
「例のレストランで注文があって、焼くのに適した牛肉がほしい」
「お前んとこに卸してるような焼肉向きの肉は在庫がないが、その条件ならいくつかあるな」
「少なくて悪いけど、量は二人分で頼むよ」
「ほい、了解」
セバスは真剣な表情で、店頭の肉を見繕っている。
陳列された品々の中で気になる部位が目に入った。
「そこのステーキ肉がいけそうなら、それを頼もうかな」
「ちょうど、同じことを考えたところだ」
彼はまな板に分厚い肉を乗せて、慣れた動作で肉を切った。
そして、その肉を包みに包んで差し出した。
「急いでんだろ。支払いは今度でいいから」
「ああっ、助かる。またな」
俺は肉を手にして、レストランへと引き返した。
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