エディの飼い主
ここにきて、エディの鼻を疑う余地があるはずもない。
目印となる十数個の穴の先にはトリュフが生えているのだろう。
「さすがに全て掘るのは採りすぎですよね」
「うーん、どうしたもんだかな」
俺はどれだけ持ち帰るかを決めかねた。
ハンクも同じ考えのようで悩んでいる様子だ。
「そこまで詳しくないですけど、香りが決め手のキノコではあるので、鮮度が大事だと思います。今回は適当に切り上げるのはどうでしょう」
「よしっ、それが妥当なところだな。あと少し採ったら帰るとするか」
二人で協力して数個のトリュフを追加した後、エディ隊長が掘った穴を埋め直してアスタール山を後にした。
それから、バラムの町に戻ったところで、ハンクがエディを飼い主に返すのに同行することにした。
今回の貴重な体験について、感謝を伝えたい気持ちもあった。
エディの飼い主の家は市街地から少し離れたところだった。
間隔を空けて住宅が建っており、マーガレット通りがある中心部に比べると閑静な場所だと感じた。
「わりと話せるやつだから、気軽に話せばいいぞ」
「分かりました」
ハンクが玄関のドアをノックすると、中から一人の男が現れた。
「よう、サミュエル。アスタール山から戻ってきたぜ」
「やあ、首尾はどんな感じだい?」
「それならこれから話す。あと、仲間のマルクだ」
ハンクは横に身を引いて、こちらが話せるようにしてくれた。
「はじめまして、マルクです。町中で焼肉屋をやってます」
「名前だけは知ってるよ。『冒険者の隠れ家』だったかな」
「はい、そうです」
サミュエルは整った短めの金色の髪で、少し日焼けした顔をしている。
年齢はこちらよりもだいたい一回り上で、三十代半ばぐらいだろうか。
「今日の成果を詳しく知りたいから、そこに座って待っていて」
「ああっ、分かった」
サミュエルの家には玄関脇にウッドデッキがあり、そこに置かれた木製の椅子に腰かけた。
そのまま座って待つと、サミュエルがグラスと一本のビンを持ってやってきた。
「マルクくんだっけ、お酒は飲めるよね?」
「はい、大丈夫です」
彼はテーブルに手にしたものを乗せると、順番にビンの中身を注いでいった。
透明で一見すると水のように見えるが、話しぶりからアルコールだろう。
「この前、町にどこかの富豪がやってきただろ? あの時に手に入った酒なんだ。度数が低くて飲みやすいから、けっこう気に入ってるんだ」
「へえ、あの日にそんなこともあったんですね」
フレヤの父との会話が思い起こさせるが、素知らぬ態度で話を流しておいた。
その富豪の養子になりそうだったと、初対面の人に話すわけにもいかない。
「さてと、トリュフについては飲みながら聞かせてもらうよ」
「サミュエル、ここはお前の家だから、音頭を取ってくれ」
「ああっ、それじゃあ……トリュフと我が愛犬エディに祝福を!」
「しゅ、祝福を」
「はいはい、乾杯っと」
サミュエルの言葉に戸惑いつつ、俺とハンクも乾杯した。
注がれた透明な酒はさわやかな口当たりで、水のように飲めそうな軽さだった。
「なあ、エディがかわいいのはいいが、その愛は一方通行な気もするぞ」
エディは散歩の継続を訴えるように離れていた。
ハンクの手から飼い主にリードが渡されると、仕方なさそうに近づいていった。
「遊び足りないんだよ。まだ若いし、元気いっぱいだからね」
「まあ、エディの話はその辺にして――今日採れたトリュフだ」
ハンクは荷物の中からトリュフを取り出すと、テーブルの上に並べた。
「ふんふん、平均的な量だね」
「いつもこれぐらい採れるんですか?」
エディが見つけた穴の数を考えれば、サミュエルがもっと採っていてもおかしくない。
「うんまあ、これぐらいの日もあるし、もうちょっと少ない日もある」
「……そうなんですね」
彼は隠しているようには見えず、あんなに採れることを知らないようだ。
見こみが外れたため、ちらりとハンクに視線を向けると小さく頷いた。
「サミュエル、渡してくれた地図なんだが、書いてある通りの場所に行ったら、とんでもない量のトリュフが埋まってそうなんだが」
「はっ、冗談はよしてくれよ。そんなにトリュフが出てくるなら、僕は今頃大金持ちさ」
サミュエルは楽しそうな様子でグラスを傾けた。
ハンクの話を相手にしていないようで、酒の席が満喫できればそれで十分といったように見える。
「俺も見ましたけど、エディがたくさんの反応を見せましたよ」
「君もハンクに便乗して、どういうつもりなんだい」
俺はサミュエルにどう応じればよいか分からず、言葉を返せなかった。
しかし、ハンクは彼の態度に慣れているようで、地図をテーブルに突き出した。
「おれは地図を読むのが得意だが、今回は場所を間違えた気がする。それはこの地図が雑すぎたからだ。たしかにお前の想像するところはそこそこしか採れねえだろう。だが、山の中に手つかずの場所があるとしたら?」
ハンクはサミュエルを責めるでもなく、淡々とした説明だった。
彼の話は理路整然としていたため、サミュエルも黙って聞いていた。
「珍しいね。そんなに熱心に語るなんて」
「おれとマルクで見つけたんだ。トリュフが大量にあれば使い道はいくらでもある。それにエディを貸してくれたお前に話をするのが順序ってもんだろ」
「……少なくとも三人の利益になることを考えてくれたってことは分かったよ。僕としてはトリュフがそこそこ採れて、仲間と酒を楽しく飲めれば十分なんだ」
サミュエルは寂しそうな言い方をした。
ハンクがこちらの考えそうなことを提示してくれたことはうれしかったが、ハンクとサミュエルの関係に亀裂が走ることは望んでいない。
「あの、今日は突然だったので、また話を聞かせてください」
「……分かった」
「サミュエル、悪かったな。今日はこの辺で帰る。また来るからな」
俺とハンクはサミュエルの家を後にした。
振り返ると、エディが寂しげな表情を見せていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!




