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愛くるしいワンコに出会う

 レストルの件が解決してから、シーマンティスに関する情報を調べた。

 しかし、謎の多い魔物のようで、核心に迫ることできないままだった。

 ギルドにも問い合わせてみたが、目ぼしい情報は得られなかった。


 それから、月日が経過したある日のこと。

 

 俺は営業の終わった店で椅子に座って休んでいた。

 フレヤはすでに帰っており、敷地にいるのは自分だけだった。


「今日もお客の入りがよかったな」


 週二日の定休日を設定しても、客足への影響は少なかった。

 改装後も順調な売上を記録している。

 現金なもので自然と表情が緩む自分がいた。


 アイスティーを飲みながらくつろいでいると、見慣れた人影が近づいてきた。


「おう、元気か?」


「元気ですけど、そんなところでどうしたんですか?」


 ハンクは何かを気にする様子で、敷地と路地の境界線から踏み入ろうとしない。


「実は犬連れなんだが、そっちに入っても大丈夫か?」


「営業中はあんまりですけど、今は閉店後なので構いません」


「そんじゃあ、邪魔するぜ」


 ハンクはリードを引いて、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 彼が連れてくるのだから、ドーベルマンのような屈強な犬種、あるいは魔犬さえありえるかもしれない。


「……なっ」


 こちらの想像からは大きく外れて、彼が連れている犬に目が釘付けになった。

 白と明るい茶色の縞模様、ピンと立った耳と短い手足。


「……コ、コーギーがこんなところに」


「んっ、コーギーってなんだ? こいつの名前はエディ。ちょっと試したいことがあって借りたんだ」


 この世界で愛犬家のような感覚はないが、犬を貸すというのはなかなかのことだ。

 ハンクへの信頼が厚いからこそ、できることだろう。


「立ち話もあれなので、こっちに座ってください。お茶を用意します」


「おう、ありがてえ」


 俺は店内に入って冷えたお茶をグラスに注ぐと、それを手にしてハンクのところに戻った。


「どうぞ」


「ありがとな」


「それで犬を使って試したいことというのは?」


「ああっ、アスタール山でトリュフが採れるらしくて、ちょうどエディが得意だって聞かされて、飼い主から借りてきたってわけだ」


 ハンクの説明を受けて、エディに視線を向けた。

 きょとんとした表情で自分は関係ないという振る舞いに見える。

 当然ながら、それは想像でしかないのだが。

 

「それにしても、そんな近くでトリュフが採れるんですね」


「おれもそこまで詳しくないんだ。香りを楽しむものらしいが、どんなものか気になってな」


「俺も食べたことがないので興味があります。明日の同じ時間にどうですか?」


「そうだな。アスタール山なら短時間で行けるし、それで頼む」


「とりあえず、予定はそんなところで……エディを撫でてもいいですか?」


 ハンクはこちらの申し出に少し戸惑うような反応を見せた。

 俺の目がもふもふ成分を摂取せんと血走っているのかもしれない。


「そうか、そいつは構わねえが」


「では、お言葉に甘えて」


 椅子から立ち上がり、エディのところに近づく。

 愛想がいい性格ではないようで、すり寄ってくることはなかった。


「よしよしっ」


 エディは警戒することなく、されるがままに撫でられている。

 撫でられ慣れているのか、気が済むまでやってくれと達観しているようにも見えなくはない。

 飼い主の世話が行き届いているようで、毛並みはふさふさで艶がある。

    

「あれだな、マルクは犬が好きなんだな」


「はい、前の――じゃなかった昔、飼おうと思っても飼えない時期があったので」


「んっ? そうか。狩猟でもやるつもりだったのか」


 この世界で愛玩犬という考えをする人は少数派だ。

 基本的に狩猟やエディのトリュフ採りのように目的がある。

 つまるところ、実用性重視ということになる。


「……まあ、そんなところです」


 俺は曖昧に答えて、エディから手を引っこめた。

 もふもふ成分の充電はこれで完了した。


「それじゃあ、明日の今頃にまた来る」


「はい、お願いします」


 ハンクはエディのリードを引いて、店の敷地から去っていった。




 翌日の営業後。

 俺はいつも通り、アイスティー片手に呆けていた。

 

 転生前は仕事終わりに一人反省会が癖になっていたが、今では肩の力を抜くことができるようになっている。

 思わぬところで異世界転生の影響が出ている気がした。


「よっ、入らせてもらうぜ」


 そんなことを考えていると、ハンクがエディを連れてやってきた。   

 エディはこちらにしっぽを振ることもなく、マイペースに歩いている。


「それじゃあ、行きますか」


 俺はグラスを店内に戻した後、二人と一匹で出発した。


 町の中を通過して、アスタール山方面の街道に出る。

 トリュフという目的がなければ、犬の散歩をしているだけのようだ。


「今日は散歩日和ですね」


「おいおい、目的はトリュフ探しだよな」


「あっ、そうでした」


 ワンコとのお散歩に影響されて、意図せずに言ってしまった。

 ハンクは気を悪くすることなく、愉快そうに笑っている。


「まあ、雨が降ると匂いをたどりにくいだろうから、晴れの方がいいよな」


「エディの嗅覚が頼りなので、そうなりますよね」


 俺とハンクが話題にしているのだが、エディは反応せずに足を運んでいる。

 とりあえず、外歩きは好きなようで、ご機嫌に歩いている様子だ。


 街道を進むうちに、アスタール山の麓に到着した。  


「そういえば、ここは入山に許可がいるんだったか」


「昔の仲間に話を通してもらうように頼んでおいたので、問題ありません」


「そうか、そいつは助かる」


 ハンクはそう言った後、いつものバックパックから何かを取り出した。


「ここにトリュフが採れる大まかな場所が書いてある」


 彼に見せてもらうと、だいぶざっくりした範囲だった。


「ヒントがあるだけマシと思いましょうか」


「まずは地図に書かれたところまで歩こう」


 俺たちは麓を出発して、目的地に向かって歩き出した。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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