【幕間】ある日のメニュー開発
レア食材調達と並行して、定期的に精肉店のセバスと試食会をしていた。
店の定休日や営業後に時間を設けるといった具合に。
俺は店の敷地で焼き台と鉄板を調整して、準備を進めていた。
時間は昼をすぎたところだが、辺りを吹き抜ける涼しい風のおかげで、そこまで暑さを感じない。
炭火ではなく魔法の火で肉を焼くとはいえ、それなりの温度になって熱気が出る。
そう考えると、ある意味焼肉日和な天気なのかもしれない。
鉄板に油を引いて温度を確かめていると、両手に袋を抱えたセバスがやってきた。
試食用の肉を頼んであるため、荷物が重たそうに見える。
「よっ、準備万端そうだな」
「今日はありがとう。いつも助かる」
セバスは麻袋に取っ手をつけたような袋から、肉の入った包みをテーブルの上に並べていった。
数種類の部位を持参したようで、その大きさはまちまちだった。
「とりあえず、最初に焼く分以外は冷やしておくよ」
「おう、そうしてくれ」
「それで、どれからいこうか」
セバスは包みを手にしては戻しといった具合で決めかねているようだった。
そんな彼の様子を見守っていると、何かを決断したように一つの包みを手にした。
「まずはこれにしよう。焼く時はこのままの大きさで、食べる時に切り分ける」
「分かった。あとはしまっておく」
セバスが選んだ部位以外をまとめると、近くに置いてあるトレーに乗せた。
足早に厨房へと入って、簡易冷蔵庫にしまっていく。
現在の在庫は空なので、これぐらいならば余裕で収めることができる。
「お待たせ。それじゃあ、焼いていこうか」
「今日の一発目はこれだ。ステーキ肉」
「おっと、いい肉が出てきた」
「バラム周辺では、串焼きや煮こみが大半だからな。他国の食文化を調べたら、ステーキという調理法を知った」
セバスは焼肉を知ってから、勉強熱心な性格に拍車がかかったような印象だった。
周辺諸国に限らず、幅広いところから学ぼうとしているのだ。
「マルクの店では厚切り肉を出したことはないよな」
「そうだね、焼くのに時間がかかるし、今まではなかった」
「客に出せるかは分からないが、試食ってことで食べてみようぜ」
「うん、そうしよう」
話に区切りがついたところで、セバスがステーキ肉をトングで掴んだ。
それが鉄板に乗せられると、油脂の弾ける音が響いた。
「味つけなんだけど、こっちに任せてもらってもいい?」
「ああっ、もちろん。オレが調べた限りではステーキソースというものがあるらしいんだが、レシピが手に入らなかったからな」
セバスは少し残念そうに言った。
ちなみに各地の食文化を調べているのは彼だけではない。
俺も暇を見つけては情報を集めている。
ステーキという名前ではないものの、異国の地では厚切り肉を焼いて食べる場所もあるらしい。
食べ方や調理法に幅があり、ステーキが転生者由来のものであると断定するのは難しいだろう。
焼肉でさえも何かのきっかけで思いつく余地はあり、こちらも転生者と結びつけるのは無理があるように考えていた。
思考に意識を傾けるうちに、徐々にステーキに火が通っていった。
セバスが焼き加減に気を配っているので、二人で見ていなくても問題はない。
「じゃあ、味つけに使う調味料を取ってくる」
「おう、頼んだ」
セバスは肉を見つめたまま、こちらに言葉を返した。
俺は厨房に入ると簡易冷蔵庫からバターを手に取った。
それを必要な分だけ切り出して、用意した小皿に移す。
もう一つ使いたいのは王都の行商人から買っている、しょうゆ風の調味料だ。
これは瓶に入っているので、必要な分だけ小鉢に移して運ぶ。
ニンニクも合いそうな気がするが、残念なことに在庫を切らしている。
今回はバターとしょうゆもどきで味つけするのだ。
「さてさて、肉の焼き加減はどんな感じだい?」
調味料を取って戻ると、セバスは鉄板の上に視線を注いだままだった。
一心不乱な職人のように微動だにせず、手にするトングだけが動いている。
「……おーい、セバス?」
「あ、ああっ、わりぃ。いい肉だから、ついつい集中しちまって」
「いや、問題ないならいいけど」
並々ならぬこだわりがあるからこそ、ストイックな姿勢になることは理解している。
時に辛そうに見えなくもないのだが、本人としては充実しているらしい。
「で、焼き加減だな。そろそろ、味つけを頼めるか」
「焼き方職人セバスの焼いた肉に味がつくけど、ホントにいいのか?」
「ふははっ、バカにしてんのか? 気にしないから頼むぜ」
「おっし、じゃあやるぞ」
まずは鉄板の上で調味料が焦げつかないようにするため、サスペンド・フレイムの火力を弱める。
それから、しょうゆもどきを垂らして肉に絡めていく。
「こいつはたまらんな。香ばしい匂いがすげーわ」
「この匂いは万国共通で受けがいいらしい……っていうのは冗談で、続いてバターを投入っと」
バターの風味を消さないために、しょうゆもどきの後に投入した。
ちなみにしょうゆもどきは類似品にすぎず、本来のしょうゆのような風味はないため、どれだけ加熱したかを気にする必要もない。
「バターにこんな使い方があるのか」
「パン以外にも色んな使い道があるんだよ」
「マルクのアイデアの幅は広いな。どうなってんだ」
転生前の記憶のことを言えるはずもなく、適当に流しておいた。
そして、ついにバターしょうゆ風味のステーキが完成した。
「先に鉄板の上で切り分けるからな」
「ああっ、頼むね」
セバスが肉を切り分けていく。
断面からは肉汁がこぼれるように吹き出して、食欲をそそる光景だった。
「じゃあ、食べてみるか」
「実はバターしょうゆを試すのは初めてなんだ」
「お互いに初顔合わせってわけか」
俺とセバスは小皿に一切れずつ乗せると、少し冷ましてから口に運んだ。
バターの風味としょうゆの香ばしさが混ざり合って、肉の脂と絶妙な味わいを作り出している。
まろやかな風味はいつまでも食べていたいと思わせる味だった。
「これまた、想像以上の美味さだった」
「マルク、これは出せそうにないか」
「味は申し分ないけど、お客によっては調味料を焦がしてしまいそうだから、売りものとしては難しい気がする」
「そうか、それは仕方ないな」
セバスはそう口にした後、次の一切れをフォークに刺した。
満足げな顔でもぐもぐしている。
「そういえば、他の部位もあるんだったね」
「もしかしたら、もう少し薄い肉の方がマルクの店の客向きかもな」
セバスと話しつつ、二切れ目のステーキを口に頬張った。
飽きのこない味わいと友との語らいに充実感を覚えるのだった。
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