シーマンティスとの攻防
先ほどまで吹いていた風がいつの間にか止んでいた。
さわやかだった空気がどこかに消えて、船にぶつかる水音が響く。
「……マルクさん、提案があるんですが」
「えっ、どうしました?」
「ハンクさんもそうですが、あなたも魔法を手加減せずに戦ってください」
「……分かりました。一応、理由を聞いてもいいですか?」
どうしても知りたいわけではなかったが、湖上の沈黙に耐えかねたところがある。
「今回の問題はクレイフィッシュにとどまらず、大型魚の漁獲が減っていることも関係しています。おそらく、やつが捕食することが一端だと思います。そうでなくとも、怯えて出てこない魚もいるはずです」
「漁業を営む人にとっては、だいぶ深刻な話ですね」
「話が逸れましたが、魔法で巻きこんでしまったとしても、その魚は回収してわしらが食べるなり、加工するなりします」
長期的に見れば多少の犠牲が出たとしても、シーマンティスを仕留めてほしいということなのだろう。
「ガストンさんの気持ち、汲み取りました。ハンクにも伝えた方がいいですね」
俺はガストンから聞いた話をもう一隻の船にいるハンクに伝えた。
「――分かった。手加減なしだな。感電するといけねえから、雷魔法はセーブするが、あとは善処するぜ」
「二人とも、あそこを見てください!」
ハンクと話していると、エリクの声が飛んできた。
遠くの浅瀬で不自然な波が立っている。
水中に巨大な何かがいることを示唆していた。
「エリク、船はそのままに! あのまま進めば、小島の穴に向かうはずだ」
ガストンが大きな声で指示を出した。
周囲に緊迫した空気が流れるのを感じる。
「ちょうど来やがったな。遠慮なく、ぶっ放すぜ」
ハンクは不敵な笑みを浮かべて、標的に狙いを研ぎ澄ませている。
一方のシーマンティスは気づく様子のないまま、進行方向を維持していた。
「これだけ距離があれば、気づかれないってことですかね」
「……どうでしょう。そう願うばかりですが」
最善を考えた上での作戦だが、シーマンティスには謎が多い。
俺もガストンと同じ気持ちだった。
「マルク、射程距離にシーマンティスが入った。先に魔法を放つぞ」
「分かりました」
ハンクがこちらに確認をして、魔法を行使しようとした瞬間だった。
シーマンティスのいる辺りから何かが高速で飛び出して、ハンクとエリクの乗る船に向かっていった。
「――えっ?」
事態を把握しきれず、見送ることしかできずにいると、エリクの方の船首が砕け散った。
「おい、大丈夫か!」
「エリクさん、無事ですか!?」
木片が飛び散ったものの、エリクは無事だった。
ハンクは離れた位置のため、魔法の行使が遮られただけで済んでいた。
「あいつは水の塊をぶつけてくる。気をつけようがないが、身体に当てられないようにしてくれ」
「……はい、そっちも気をつけてください」
どうやら、シーマンティスは水塊を放ってくるようだ。
ガストンの船が沈められた時も同じ攻撃だったのだろう。
水中にいる方が有利なようで、シーマンティスはゆっくりと泳いでいる。
速度を緩めたこと、水塊を放ったことから、すでに気づかれているはずだ。
ハンクが様子を窺っているので、こちらも攻撃は控えることを判断した。
魔法を放つ瞬間に隙が生じるので、格好の的になりかねない。
船上で待ち構えていると、ふいに凍りつくような風が吹き抜けた。
「んっ、なんだろ。やけに冷えるな」
違和感に気づいた後、周囲の水面が凍っていた。
ハンクの方を見ると、彼も驚いているようだった。
「……もしかして」
陸で待機するアデルを見ると、大きく両手を振っていた。
こちらの異変に気づいて、咄嗟に判断したのだろう。
「すごいですね。船は動かせませんが、これなら船から落とされる心配はしなくていい」
ガストンが感心したように口にした。
彼の言う通り、水中で襲われる危険はなくなった。
俺は恐る恐る凍った湖面に足を伸ばした。
アデルはアイス・ストームを放ったと思うが、氷は衝撃を加えなければ立てる程度の強度があった。
「――ギャァァ!!」
慎重に足を運んでいると、水面の氷を吹き飛ばしながらシーマンティスが姿を現した。
「……なんと、おぞましい」
船の方でガストンの声が聞こえてきた。
シーマンティスは人の背丈よりもずいぶん大きく、鎌のような大きなハサミが特徴のシャコといった見た目だった。威嚇するようにハサミを振り回している。
当然ながら氷上を歩けるはずもなく、足元はおぼつかない様子だ。
「ハンク、今なら――」
魔法による連撃を呼びかけようとしたところで、顔の真横を水塊が通過した。
まるで、弾丸のような速さだった。
「……ウソだろ、まったく反応できなかった」
「気をつけろ、体内に水を溜めてるみたいだ」
「はい、了解です」
これで前方から視線を外せなくなった。
ハンクも水塊を警戒しているようで、先ほどから動きが見られない。
このまま膠着状態が続くことを覚悟したところで、岸の方から明るい何かが飛んできた。
それが大きな火球だと気づいた瞬間には、シーマンティスに直撃していた。
「――グギギッ……」
うめくような鳴き声を上げて、シーマンティスは絶命した。
魔法の威力が強力だったのと、その胴体が大きなこともあり、こちらまで焼け焦げたような匂いが漂ってきた。
「違和感あるけど、この匂いは海鮮焼きみたいだ」
決着に安堵して陸の方を見ると、アデルが飛び跳ねながら手を振っていた。
自分の手で倒せたことがうれしかったのだろう。
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