待ち伏せ開始
そのまま部屋で待機していると、ガストンたちが戻ってきた。
「船の用意ができました。準備はよろしいですか?」
「おう、行こうじゃねえか」
「では、ご案内します」
俺たちはガストンたちが使っている部屋を後にした。
夕方まではもう少し時間がありそうだが、待ち伏せすることを考えるならば、早めに動いた方がいいだろう。
湖の周りは風光明媚な景観で、こんな時でもなければゆっくり滞在したいような雰囲気だった。
水質もいいみたいなので、地魚を味わうのも楽しめるかもしれない。
周囲の景色に目を向けた後、仲間の様子に意識を向けた。
近くを歩くハンクはいつも通りといった様子だが、アデルは緊張した面持ちだった。
「今度も無理に乗船しなくてもいいんじゃないですか」
「ふふっ、気を遣わなくていいのよ」
彼女しては珍しく、強がりを隠すような笑みだった。
おそらく、用意される船は小型だと思うので、二人ずつ乗船するぐらいがちょうどいいのではないか。
そうすると、アデルは陸で待機してもらっても差し支えない。
アデルと言葉を交わしたものの、これからのことを考えているのか、皆一様に口数が少なかった。
ハンクには話しかけてもよさそうな雰囲気だったが、言葉が見つからないまま目的地に到着した。
「ここから船に乗ってもらいます」
ガストンたちは一度目と別の船着き場で足を止めた。
沈められた船よりも一回り小さな船が湖面に浮かんでいる。
「おれとマルクは分かれた方がいいな」
「わしの方にハンクさん、エリクの方にマルクさんに乘ってもらいましょう」
ガストンが割り振りを提案して、俺とハンクは同意した。
「アデルは陸から援護してください」
「魔法が届くか分からないけれど、最善を尽くすわ」
三人乗りには少し手狭なため、アデルは陸で待機してもらうことにした。
「では、お二人とも乗船してください」
「はい」
「おう」
俺とハンクはそれぞれの船に乗りこんだ。
沈められたガストンのものと比べると、やや心細い乗り心地がする。
シーマンティスの攻撃をまともに食らえば、きっと大破するだろう。
「この船で小島の近くまで向かいます。ちょうど潮が引いたタイミングなので、例の魔物が通れば見つけられるはずです」
「ガスさん、浅瀬に追いこむって話だから、そうなるように位置取りをした方がいいよね」
「エリク、わしに合わせて動いてくれるか」
「ああっ、もちろん」
漁師二人の息はあっているようだ。
あとはシーマンティスを上手く誘導できればいいのだが。
打ち合わせが終わると、ガストンとエリクはパドルを漕ぎ始めた。
地元の漁師だけあって、力強いストロークで船が進んでいく。
徐々に沖へと船が移動しているが、幸いなことに波は穏やかだった。
たとえ湖でも強い風が吹けば、水面が荒れることがある。
魔物の目視が難しい状況になるだけ、危険が増してしまうのだ。
「マルクさん、この辺りで見かけたとは聞かないので、比較的安全です。もしかしたら、やつは大型の魚をエサにしていて、少ない場所は回遊しないかもしれません」
「そういえば、最初に見つけた時に大きな魚が浮かんでましたね」
「食事の途中でわしらが近づいて、邪魔になって攻撃してきたとも考えられます」
ガストンは船を進めながら、淡々と話していた。
落ちついているというよりも、平常心を保とうと努力しているように感じられた。
今いる辺りは引き潮の影響もあるのか水深は浅く、近くにシーマンティスが来ればすぐに分かりそうだった。
周囲を警戒しているが、今のところは怪しい兆候は見られない。
「……小島が見えてきました」
ガストンに言われて前方に目を向けると、巣穴があると思われる小島に近づいた。
目を凝らしてみると、水面と島との境目に洞窟のような穴が空いている。
「もしかして、あそこのことですか?」
俺は指を差して、ガストンにたずねた。
「はい、あれです。今みたいに干潮だと水中以外でも入ることができます」
「シーマンティスがここを通るなら、さっきよりも有利な気がします。あの時は水深があったことで、手も足も出なかったですからね」
汽水湖であるため、潮が引いて浅くなっている。
島の周りも例外ではなく多少深場はあるものの、浅瀬が周りに見える。
「マルク、これぐらいの水深で濁ってなければ、距離があってもシーマンティスを捉えられる。やつが通るなら、離れたところから見張ろう」
「分かりました。そうしますか」
近づく時にパドルを漕げば気づかれそうだが、それはどうすればいいのだろう。
「ガストンさん、シーマンティスに接近する時、水面をなるべく静かに移動することはできますか?」
「それぐらいなら、お安いご用です。漁の時に音を立てずに、漁場へ近づく方法がありますから」
「こちらの気配に気づかれると、先手が打てないだけでなく、逃げられたり、反撃されたりする可能性があります。操船は任せました」
「わしは何十年もこの湖で漁師をやってます。大船に乗ったつもりでいてください」
ガストンが自信を取り戻しつつある様子に、何だかホッとする気持ちだった。
俺とハンクは船を動かすことはできないので、ガストンとエリクが相談して、待ち伏せの位置が決まった。
あとはシーマンティスが現れるのを待つだけだ。
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