湖の調査とフィッシュアンドチップス
ガストンとエリクから事情を聞くうちに、昼食の時間になった。
二人はどちらも料理ができるようで、何かの調理を開始した。
しばらく待っていると、順番に皿が運ばれてきた。
「デール湖で採れたナマズのフィッシュアンドチップスです」
「うおっ、こいつは美味そうだ」
「ナマズは淡白で美味しいですよね」
まだ揚げたばかりで湯気が上がっていた。
香ばしい匂いに食欲がそそられる。
「じゃあ、いただきます」
「はい、召し上がってください」
俺はナイフとフォークを手にして、食事を始めた。
サクサクした衣の食感と癖のない白身がいい組み合わせだった。
塩とコショウのシンプルな味つけも気に入った。
「おれはナマズを食べたことはほとんどないんだが、こんなに美味いんだな」
「気に入って頂けてよかったです」
ハンクの反応にエリクが喜んでいた。
さすがにアデルの味覚を唸らせるほどではないようだが、淡々と食べている様子からすると、彼女的には及第点といったところだろうか。
明るい雰囲気のまま食事は終わり、続いて湖の調査に行くことになった。
出発前にもう一度、ガストンとエリクが話し始めた。
「皆さんの実力は疑っていませんが、十分に気をつけてください」
「わしら漁師でも、船の上では魚やクレイフィッシュのように動けない。人間は圧倒的に不利なんです」
二人は神妙な面持ちで語った。
「ところで、そんなに危険なんですか?」
「船に穴を空けられた者が何人かおります。幸い、ケガ人は出てませんが……」
ハンクはほぼ無敵だと思うが、船の上では彼も不利なのではないか。
まだ、標的の全貌が分かっていないため、早く実物を見ておきたいところだ。
「とりあえず、説明はこんなところで。湖に行きましょうか」
エリクはここに待機するようで、ガストンが俺たちの案内を始めた。
俺たちは建物を出て、先を進むガストンに続いた。
町の中心は多少栄えていたが、離れるほどに人工物の数が減っていった。
辺境のバラムと比べても、ずいぶんと田舎だと再認識した。
「おれは泳ぎが得意だから問題ないが、マルクとアデルはどうだ?」
「そこまで苦手意識はありません」
「元々、エルフは森の民なのよね。あんまり得意ではないのよ」
アデルにしては珍しく、弱気な様子を見せた。
「それでもこの依頼を受けたってことは、相当クレイフィッシュが食べたいんだな」
「なかなか辛辣ね。魔法を使えば、陸からでもどうにかなると思ったのよ」
「アデルは陸で待ってもらって、俺とハンクで行けばいいじゃないですか」
二人は慣れているので言い争ってはいないのだが、泳ぎが苦手なアデルに無理はさせたくないところだ。
ハンクはもちろんのこと、アデルには多面的に恩義があるため、彼女の負担になるようなことは避けたい心境である。
そんなやりとりをしていると、ガストンが船着き場の前で足を止めた。
「わしの船はあれです。全員乗れなくはないんですが、人数が少ない方が小回りは利きます」
「じゃあ、決めたわ。私は陸に残る」
「大丈夫です。俺とハンクに任せてください」
「陸地に巨大なやつが出ないとも限らない。もしもの時は頼んだ」
「ええ、もちろんよ」
俺とハンクは漁師お手製といった雰囲気の縦長の船に乗りこんだ。
わりと安定感があるため、船酔いの心配はなさそうだ。
「まずは目撃情報があったところを回ります。何かあったら、すぐに知らせてください」
ガストンは船尾に取りつけられた大きな櫓を左右に動かした。
速度はそこまでではないものの、三人乗りなのにしっかり進んでいる。
「マルク、見てみろ。あそこにでっかい魚が泳いでる」
「えっ、どれですか?」
ハンクの指差した方向に、大きな魚影が見えた。
こちらが見定めているとガストンが口を開いた。
「ははっ、あれはクロダイですな。焼いてもいいですし、地元の人間はカルパッチョにするもんです」
「そうか、美味そうだな」
「水質がいいから臭みがないんです。機会があればご馳走します」
「おう、楽しみにしてるぜ」
ハンクだけでなく、俺も楽しみになった。
こちらの世界でタイの仲間を食べたことはない。
「そういえば、巨大なクレイフィッシュを調べるのはいいですけど、どうやって倒すか決めてなかったですね」
「そうだな、これでいけるんじゃねえか」
ハンクは携えた剣に手をかざした。
その様子を見て、ふと疑問が生じた。
「もしかしたら、殻が固くて剣が通らない可能性がありそうです。ガストンさん、そのクレイフィッシュは丈夫ですか?」
「実は銛で突こうとした漁師はいましたが、当てるところまではいかなかったみたいで……」
「ハンクがいればよっぽど大丈夫ですけど、警戒するに越したことはなさそうですね」
現役の冒険者でなくとも、気を緩めつもりはない。
ハンクの力が通用しない場合は撤退も考えるべきだろう。
「あと、残念なお知らせなんですが、あちこちに出没したかと思えば、昼夜問わずといった状況なので、居所を掴みきれていません」
「そいつは厄介だな。もう少し情報はないもんか?」
「一応、今向かっているところはよく目撃されている場所なので、他よりも可能性は高いと思います」
「クレイフィッシュの値が下がるのを気にするのも分かるが、そろそろ危険を周知してもいい頃合いかもな」
「いやはや、おっしゃる通りです」
ハンクは珍しく真面目なトーンで話しており、ガストンは委縮するような様子だった。
俺も周知するべきだと考えかけたところで、前方の水面に大きな波紋が立った。
「んっ、やけにでかくねえか?」
「お二人とも、例のクレイフィッシュかもしれません」
ガストンの呼びかけを合図にして、船上に緊迫した空気が流れた。
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