漁師たちの事情
デール湖は澄んだ水質で、船の上から底まで見通すことができた。
じっと眺めていると名前の分からない魚が水中を泳いでいく。
川を挟んで海とは隔てられているため、多少の流れはあっても波はない。
ただ、海水が上がってくるようで、潮の香りを感じることができる。
そんな様子で揺られていると、やがてどこかの港に船が到着した。
海ではなく汽水湖の港ということで、コスタのように漁業が発展しているところに比べると小規模な印象だった。
「――それでは下船してください。足元にはご注意を」
船頭に促されて、俺たちは船を下りた。
港の周りは建物は少なく、周囲は草原や葦原が広がっていた。
寂れているというより、開拓が進んでいないだけに見える。
「こいつは片田舎って雰囲気だな」
開口一番、ハンクが嫌味のない口調で言った。
「そういえば、レストルは初めてなんですか?」
「いやまあ、アデルほど美食家ではないから、クレイフィッシュの季節に合わせてわざわざ来るほどではないからな」
ハンクは頭をかきながら、淡々と答えた。
わざわざ足を運ぶような用事がなかったのだろう。
「――すみませーん!」
ハンクと話していると、見知らぬ青年が声を上げて近づいてきた。
「あの人、誰かの知り合いですか?」
「雰囲気からして地元の漁師ね。事前に手紙で連絡を取っていたのよ」
「ああっ、なるほど」
アデルの説明に納得したところで、青年が近くにやってきた。
「はじめまして、アデルさん。ご足労かけてしまって」
「気にしないで、問題ないわ。早速説明を聞かせてもらえる?」
「へい、もちろんです。ではこちらへ」
青年は俺たちをどこかに案内しようとしている。
それに続いて、港の辺りから移動を開始した。
「この辺りは湖はきれいですし、空気も澄んでいるので、いいところですね」
辺鄙なところという部分は避けつつ、先導する青年に声をかけた。
「ありがとうございます。集落に行けばもう少し店や民家もあるので、もう少し栄えているんですよ。他の町と比べれば田舎なのですが」
青年は遠慮がちに言った。
しばらく歩くと、彼の言葉通り建物が増えてきた。
「あそこに漁師仲間がいるので、今回の件をお話しします」
青年は民家のような建物を指先で示した。
寄り合いに使っているところなのかもしれない。
俺たちは案内されるがままに建物の中へと足を運んだ。
「わざわざこんな田舎まですんませんなー」
中には年配の男がおり、すぐにこちらに声をかけてきた。
「わしは漁師頭のガストン、その若いのはエリクです」
「私はアデル、こっちがハンクで、もう一人がマルク」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
簡単なあいさつが済んだところで、テーブルを囲むかたちで椅子に腰かけた。
ガストンとエリクは緊張しているように表情がこわばっていた。
「事前に具体的なことが案内できず、すんませんでした。なんせ、クレイフィッシュのシーズンに差しかかったのに、あまり悪い噂が立つのは困るもんでして……」
ガストンは日に焼けた肌と屈強な身体を持っているのだが、それと不釣り合いな弱気な姿勢だった。
「モンスターに困っているとは知っているけれど、何が起きているのかしら?」
「……信じられないかもしれませんが、巨大なクレイフィッシュが居座っていて、クレイフィッシュの漁に難儀してるんです」
アデルは反応に困ったように、次の言葉が出てこなかった。
俺もそんなものがいるとは、額面通りに信じることが難しい。
「――そいつはいい! 捕まえたら食べ放題じゃねえか」
ハンクだけはうれしそうに声を上げた。
「はっ、食べ放題ですか……?」
「ハンクさん、実際に目にした者の話じゃ、とんでもない大きさみたいなんで、とても食えたもんじゃないですよ」
戸惑うエリクの後にガストンが説明を続けた。
そこまで大きくなるようなクレイフィッシュなど聞いたことがない。
この世界の環境に詳しいわけではないが、突然変異が起こることがあるのだろうか。
「そいつは残念だが、まあいいか。成功報酬として普通のクレイフィッシュを食わせてくれるんだよな」
「はい、それはもちろんです」
ガストンはしっかりした言葉を返した。
まだ会ったばかりだが、ある程度信用できる人物に見えた。
エリクも特に問題があるような雰囲気はない。
「ガスさん、自分は皆さんにお茶を入れてくる」
「おっ、そうだった。頼む」
エリクは席を外して、別室に歩いていった。
「今回はホントに助かりました。クレイフィッシュは漁師たちの貴重な収入源なんで。巨大なクレイフィッシュがいるなんて噂が立てば、気味悪がられて相場が下がりかねない。だから、ギルドには頼めなかったんです」
思い出したように、ガストンがそうこぼした。
「なるほど、それでギルド経由の冒険者がやってこないんですね」
「当たり前だけれど、ギルドに頼めば、情報が広がってしまうものね」
話を続けていると、エリクがトレーにカップを乗せて戻ってきた。
「この辺りで採れる大麦を使ったお茶です」
「ありがとうございます。いい香りがしますね」
俺たちはそれぞれにカップを受け取った。
少し冷まして口にしてみると、香ばしい風味のお茶だった。
日本で飲んだ麦茶によく似ている。
「それと、もう少ししたら昼食を用意させてもらいます。その後に巨大なクレイフィッシュが目撃された場所に案内します」
「お三方が一緒なら危険はないと思うが、十分に気をつけるようにな」
ガストンはエリクが危険に巻きこまれないように心配しているようだ。
彼の様子からして、標的のクレイフィッシュは油断できない存在だと感じた。
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