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二人の追憶

「私が生まれ育ったリブラは砂漠の平原が多くて、農作物を育てられる土地は限られててさ。お父さんはそんな国を豊かにするために、商人として発展につなげた」


 フレヤの語り口は、まるで異国の物語を聞いているかのようなものだった。

 俺は彼女に続きを促すように頷いた。


「それは分かるけど、私には私の人生があると思うんだけどなー」


「お金持ちの娘に生まれても、色んな苦労はついて回るんだな」


「とっくの昔に割り切ったつもりなんだけどさ、家族のことってややこしいね」


 フレヤはしみじみと言った後、のどを潤すようにレモン水を口に含んだ。

 彼女がテーブルにグラスを置くと、俺たちの間に沈黙が続いた。

 

「そういえば、マルクの家族は? 今まで聞いたことないけど」


 フレヤから投げかけられたのは予想外の質問だった。

 誰かにそれをたずねられたのは久しぶりで、驚きが隠せなかった。


「……秘密にするつもりはなかったけど、話す機会がなかったな」


「えっ、何か話しにくいこと?」


 フレヤは戸惑いの色が浮かぶ表情で質問を続けた。

 彼女を困らせたいという気持ちはなく、率直に話そうと思った。


「父さんは出稼ぎに行ったまま帰らなくて、母さんは病弱で俺が子どもの頃に亡くなった。それを引きずってるわけではないから、気にしなくてもいい」


「……そうなんだ。リブラだと孤児は珍しくないけど、ランス王国ではそんなにいないよね」


「ああっ、その通り。治安もいいし、食糧は充足してる。両親ともに不在という家はそんなに多くないと思う」


「うん、そっか……マルクは苦労したんだね」


 当初はフレヤに関する話題だったが、彼女はそれを気に留める様子もなく、純粋で優しげな瞳を見せていた。

 距離を保とうとする彼女にしては珍しい光景だった。


「……ありがとう、俺のことは大丈夫だから。フレヤは家のことがあったとしても、自分の生きたい人生を歩めばいいんじゃないかな」


 そんなことを話していると、転生前の記憶がオーバーラップした。

 完全に忘れていたが、日本にいた時は実家にろくな思い出がなかった。

 だからこそ、独り立ちしようと自分の店を持つ理由にもなったのだが。


「そうだよね。私も強くならないと」


「……私も?」


「マルクみたいにって意味だよ。目標にひたむきで、どんな時でも弱音を吐かない。出自がお金持ちなわけでも、大きな後ろ盾があるわけでもないのに、自分の店をよくするために頑張ってる」


 フレヤのまっすぐな言葉に胸が打たれた。

 気づけば、彼女の手を取っていた。


「……マ、マルク?」


「あっ、ごめん」


 俺は慌てて手を離した。

 誤解のないように急いで弁解をする。


「そこまで評価してくれてるなんて思ってなかったから、つい……」


「もうイヤだなー。協力するって言ったんだから、そんなの当たり前だよ」


 フレヤはあっけらかんと微笑んだ後、こちらの手を取った。

 予想外の出来事に反応が遅れた。


「――んっ、フレヤ?」


「お父さんたちのことは意表を突かれたけど、私たちがやることに変わりはない。まだまだ、マルクのお店を繁盛させるよ」


「そうか、ありがとう」


 フレヤは親しみの持てる笑みを見せながら、包みこむように手を握っていた。

 恋人同士のそれというよりも、尊い目標に向かっていくような仲間同士の絆のようなものを感じさせた。




 それから翌日。

 休日にもかかわらず、前日にフレヤ親子の件があり、自然と店に足が向いていた。

 何をするわけでもないが、そこが自分の店であるという実感があったからだ。


 入り口には「定休日」の看板がかかり、午前中の敷地に人の気配はなかった。


 今日は休日だし、掃除をしなければいけないほど落ち葉は落ちていない。

 掃除道具を手に取ることなく、グラスに冷えた湧き水を注いだ。


 屋根の下から椅子を動かして、朝日の当たる位置に置いて腰かけた。

 グラスを傾けると冷たい水ののどごしがさわやかに染み渡る。


 それにしても、昨日の一件はとても強烈だった。

 フレヤの実家のべナード商会は力がありそうなので、本気で動かれたらうちのような小さな店などひとたまりもない。


「ふぅ、おとなしく引き下がってくれてよかった」


 そんなことを呟いた後、グラスの水を飲み干して洗い場に持っていった。

 店内の洗い場から屋外へ戻ってくると、見慣れた人影が立っていた。


「おはよう、マルク。調子はどうかしら?」


「アデル、久しぶりですね」


 出会ったばかりの頃は緊張感を覚えていたはずなのに、今では彼女を前にして親しみを抱く自分がいた。


「あなたと話したいのだけれど、ここを借りるわね」


「今日は定休日なので、全然構いませんよ」


 アデルは断りを入れてから、テーブル席の椅子に腰を下ろした。


「何か用意するので、少し待っててください」


「あら、気が利くのね」


 俺は店内の厨房に戻って、グラスを一つ用意した。

 さすがにアデルにお冷を出すわけにもいかず、保存してあるハーブウォーターを注いだ。


「お待たせしました」


 アデルのところにグラスを運ぶと、彼女は涼やかな微笑みで応じた。


「ありがとう。頂くわね」


「はい、どうぞ」


 彼女は少量のハーブウォーターを口にした後、グラスをテーブルに置いた。


「香りづけは、スペアミント、レモングラス辺りかしら」


「そうですね、それ以外にバラム周辺で採れるハーブも少々」


「そう、いい香りね」


 アデルはそう言って、グラスの中身に視線を向けていた。


「ところで、こんな時間に来るなんて珍しいですね。何か用事でも?」


「先日のコスタの海産物の件、まだまだこれからと聞いたわ」


 街道は開通しても漁の閑散期に差しかかり、漁獲量が少ない時期に入っている。

 そのため、旬に比べると味が落ちたり、こちらに回すほど十分な物量がない。

 

「組合長が気を回して多少は送ってくれたんですけど、海産物を店で出すような余裕もなくて」


「ひとまず、海産物はもうよさそうかしら?」 


 アデルの様子からして、何か面白そうな話を持ってきたのだと思った。


「仕入れはともかく、面白い情報があるなら聞きたいです」


「ふふっ、そう言うと思ったわ」


 アデルは楽しそうに笑みを浮かべると、話を始めようとした。


金色のクレヨンからのお願い


ここまで読んでいただいてありがとうございました。


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