べナード商会と後継者探し
「それにしても、ずいぶん唐突な話ですよね。理由もいまいちピンとこないですし」
初対面の相手から、「婿養子になってほしい」、「はい、そうですか」というふうになるはずもなく、ブラスコとルカにこちらの率直な意見を伝えた。
「失礼は承知でマルクさんの働きぶりを見さしてもらいました。まだお若いのに、自分で店を始めて繁盛させるとは大したもんで」
「は、はぁっ」
こちらを評価してくれているのは分かるのだが、素直に喜べない心境だった。
おそらく、お客に紛れて焼肉を食べに来ていたのだろう。
「フレヤはルカさんが来たことには気づかなかった?」
「見かけたら気づくと思うから、変装か何かしていたんじゃないかな」
「お嬢に気づかれたら意味ないんでね。バラムの町民に扮してましたよ」
「やっぱり、そうだよね」
フレヤは半ば呆れたような声を出した。
ここまでの流れに疲れを覚え始めて、グラスに入ったレモン水に口をつけた。
「とりあえず、ブラスコさんがどうしたいのかは分かりました。俺には自分の店がありますし、今すぐにというわけにはいきません。そもそも、俺とフレヤが結婚するというのも話が飛躍しています」
フレヤは異国情緒を感じさせる顔立ち、飾らない人柄が魅力的だが、俺たちが恋愛関係にあるわけではない。
一緒に働く中で打ち解けてはいるものの、彼女からそういった気配を感じることもなかった。
「そっか、そいつは残念。あっしから見て、フレヤ様はマルクさんに心を開いているように見えたんですがね」
「んっもう、嫉妬しちゃう。フレヤちゃんはお父さんに冷たいのにっ」
子煩悩がすぎるようにも見受けられるが、基本的にフレヤを大事に思っているのだろうか。
ブラスコの言葉に偽りはないように見えた。
「お父さんが私を大事に思ってくれるのは分かるけど、後継者のことばっかり考えてるのも知ってるよ。だから、地元にいる時は息苦しかったのに」
どうやら、フレヤからすればそうでもないようだ。
何気ない言い方でシリアスなことを吐露した。
部外者の自分にはどちらも間違ったことを言っているように思えなかった。
お家騒動に巻きこまれるのは厄介だが、ブラスコも悪い人には見えない。
「べナード商会として後継者がほしいというのは理解できるんですけど、やり方が強引すぎると思います」
「あれ、わしまた何かやってしまった? どうだろう、ルカ?」
こちらの言葉にブラスコは小首を傾けて、傍らのルカにたずねた。
「いやまあ、社長の通常運転じゃないすか? 良くも悪くも」
「うーん、そうか。ちょっぴりヘコんじゃうな」
ブラスコは少し落ちこむような素振りを見せた。
少々強引なところが見受けられるものの、繊細さも持ち合わせているようだ。
「フレヤにもその気はないようなので、今日のところは引き下がってもらえませんか?」
なあなあにはできることではなく、明確にこちらの意思を示した。
自分の店が軌道に乗っているのに、彼らの頼みに応える理由がない。
「ねえ、フレヤちゃん」
「……まだ何かあるの?」
「マルクちゃんはいい男だね」
「――ひっ」
ブラスコはこちらを認めているのか分からないが、反応に困る発言をした。
だが、意外にもフレヤはそれに対して拒絶の反応を示さなかった。
「マルクは自分の信念を貫いて店をやってる。だから、邪魔しないでほしいかな。それが守れないなら、リブラ――べナード商会のある実家には二度と帰らない」
「そう、フレヤちゃん。大人になったんだね……」
ブラスコはフレヤを慈しむような眼差しを向けた後、そのまま白目を向いて椅子の上で気を失った。
「あちゃー、なんてこった」
ルカが椅子から立ち上がり、ブラスコの介抱を始めた。
大事ないようには見えるが、精神的なダメージを受けている様子だ。
「いやー、二度と帰らないの一言が聞いたみたいで、親バカなんでしゃあないか」
「ルカもお父さんの肩を持つのはほどほどにね」
「娘のことになると盲目でも、リブラの商業を支えるお人でもあるんでね。砂に囲まれたあの国がまともな暮らしを送れるのも社長のおかげなんで、そこは分かってやってください」
「それは……うん」
腕利きに見えるルカがブラスコを支持するのは、本人なりの理由があるようだ。
彼らに出会ったばかりで詳しいことは分からないが、リブラという国にはそれなりの事情があるということだろう。
「マルクさん、お騒がせしました。気ぃ悪くせんといてください。今日のところはお開きにして、あっしは社長を宿泊先まで送ります」
「とりあえず、まあ……お気をつけて」
ルカはブラスコを荷物のように持ち上げて肩で担いだ。
ずいぶん重いはずだが、軽々と抱えている。
「――そうそう、調査が目的だったとはいえ、マルクさんの店の焼肉は美味かった。この店の主人がお嬢の婚約者になったら、店はどうなっちまうのかなんて考えちまって……仕事に感情は差し挟まない主義なんですがね」
ルカはそんな言葉を残して、この場を去っていった。
俺とフレヤはテーブル席に留まっていて、お互いに口を閉じたままだった。
給仕の男はこちらに気を遣っているのか、カウンターの奥に引っこんでいる。
「……うちのお父さんがごめんね。本人に悪気はないと思うけど、私のことや商会のことになると周りに目を向ける余裕がなくなるんだ」
フレヤは申し訳なさそうに言った。
「そんな、謝らなくてもいいよ。娘を溺愛って感じの人だったけど、色々と事情があるみたいで」
「うん、この際だから、話してもいいのかな」
彼女はどこか遠くを見るような目で話し始めた。
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