久しぶりの休日
足早に自宅へと引き返した俺はお手軽冒険セットを用意して、自分の店へと急いで引き返した。
「おかえり、早かったね」
「いやいや、まだ朝でよかった。これで暑かったら出発前から汗だくだった」
「そういえば、町の名前を思い出したんだけど、シェルトンで合ってるはずだよ」
「シェルトン……聞いたことはあるけど、多分行ったことはないな」
フレヤの話を聞きながら、一つの疑問が浮かんだ。
「地名もあやふやなのに、道のりは大丈夫?」
「シェルトン方面の街道を移動すれば、道なりで着けるから」
「なるほど、それなら問題ないか」
「ところで馬を借りるんだよね?」
「町外れに係留場があって、そこに繋がれた馬でギルド所有のものなら、貸してもらいやすい」
元関係者だから可能なだけで、そういうサービスを行っているわけではない。
ただ、金額次第では譲ってもらうことは十分に可能だろう。
「じゃあ、まずはそこに行こっか」
「ああっ、そうしよう」
俺たちは店の敷地を出て、係留場へ歩き出した。
町の中を通過してしばらく歩くと、見慣れた場所に到着した。
すでに何頭か繋がれており、様子からして厩舎で預かっている馬を散歩させようとしているところに見えた。その中にはアデル所有の立派な栗毛もいる。
馬の世話をしている人を見つけて、その人に声をかけた。
「すいません、ギルド所有の馬があったら、借りたいんですけど」
「あら、マルクじゃないの。元気にしてた?」
「お久しぶりです、コリンヌさん。相変わらず働き者ですね」
コリンヌさんは三十代ぐらいの女性である。
ギルドの職員でもあり、厩舎の仕事を兼任で行っている。
「そこの彼女と一緒なら二頭がよいかしら」
「はい、そうです」
「見知らぬ人なら先払いだけれど、マルクなら帰ってからでいいわ」
「ありがとうございます」
俺が感謝を伝えると、コリンヌさんは馬のところへと近づいた。
「まず、この黒い毛並みの子と、もう一頭は……」
彼女は馬を見繕うように歩いた後、茶色がかった褐色の馬を選んだ。
フレヤに合うように活発で元気のよさそうな雰囲気だった。
「しばらく、よろしくね」
コリンヌさんに案内されて、フレヤは馬に近寄った。
馬は彼女に応じるように顔をすり寄せた。
「ありがとうございました。バラムに帰ったら、ここに繋いでおきます」
「夜遅い時間になるようなら、繋いでから私の家に教えに来てもらえる」
「分かりました。それでは、また」
「ええ、楽しんでらっしゃい」
俺とフレヤは順番に手綱を渡してもらって、それぞれの手に握った。
そのまま係留場から街道につながる道へと歩いていく。
「フレヤ、馬に乘れそう?」
「わりといい子みたいだから、大丈夫そうだよ」
「ちょっと気になってたから、それならよかった」
俺たちは手綱を手にしたまま移動した後、街道が見えてきたところで馬に乘った。
自分が乗れてからフレヤの方を見たが、彼女も無難に乗れていた。
「とりあえず、最初は慣らす感じで」
「うん、分かった」
バラム周辺は乗馬した人や馬車は少なく、のんびり動いていても邪魔にならない。
乗馬体験をするように、ゆっくりと馬を歩かせた。
「これはいいね! すごく楽しい」
「それはよかった」
フレヤのはしゃぐ声を聞いて、こちらも楽しい気分になる。
俺自身、乗馬はそつなくこなせる程度の腕前だが、風を切る感覚や馬と息の合う瞬間に充実感を覚えることがあった。
「マルク、これなら速度を上げてもいけそうだよ」
「分かった。方向を教えてもらえる?」
「ええと、あっちかな」
「分かった。俺が先に進んでよさそう?」
「まだ慣れてないから、私が後ろでお願い」
フレヤは楽しんではいるものの、そこまで余裕があるという感じではなかった。
街道は枝分かれするほどではないので、フレヤに確認しながらなら、こちらが先行しても問題ないだろう。
馬を徐行運転させるように歩かせていたが、街道に入ったところで加速させる。
ギルド関係で人慣れしているようで、こちらの意図を汲むような賢い馬だった。
自分の馬が速度を上げたところで、後ろを振り向く。
フレヤは一定の距離を保ってついてきていた。
こちらの馬が静のイメージなら、彼女の方の馬は動というイメージだろうか。
外に出られた喜びを表現するように、活力のみなぎるような走りをしていた。
「にしても、やっぱり乗馬は気分がいいな」
今日の天気が快晴で空気が澄み渡っていることもあり、すがすがしい気分になる。
冒険者をしていたおかげで体力的に問題なかったものの、だいぶ働きづめの日々が続いていた。
「おっ、道が分かれてるな」
前方で枝分かれした地点が目に入った。
馬の速度を緩めて、フレヤとの距離を縮める。
「あそこはどっちに行けば?」
「ええと、右だね」
フレヤは片方の手を離して、進行方向を指先で示した。
「分かった。とりあえず、大丈夫そう?」
「うん、問題ないよ」
先ほど乘り始めたよりも、表情に余裕が感じられた。
今回が初めての乗馬ではないようなので、徐々に感覚を取り戻したのだろう。
「アデルやハンクと色んなところに行ったけど、こっち方面はほぼ初めてだな」
街道沿いの景色を眺めながら、そんな言葉がこぼれていた。
未踏の地があることはそれだけ楽しみが残っているということでもあるので、自分としては歓迎できることだった。
時折、フレヤに道を確認しながら、二人で街道を移動した。
どこかで休憩するつもりだったが、馬の調子がよく、俺とフレヤの両方が乗馬に夢中になってしまい、休憩なしでシェルトンに到着してしまった。
俺たちは町の外で馬を下りると、係留場に繋いでおいた。
「休憩なしだったけど、よかった?」
「私の方の子は走りたがってたから、ついつい合わせちゃったよ」
「そうなんだ。俺の方の馬も疲れ知らずだったな」
シェルトンの町がそこまで遠くなかったことも大きかった。
もう少し距離があるのなら、どこかで休憩を挟んだだろう。
シェルトンはバラムよりも一回り小さな町で、中心部に川が流れていた。
煌びやかということはないものの、全体的に清潔感のある雰囲気だった。
二人で町の中を歩いていると、フレヤが何かに気づいたように指を差した。
「あぁ、あれあれ、あそこの露店」
彼女の示す先に目を向けると、店先で煙を上げながら何かを焼いているところだった。
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