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優雅なティータイム

 俺はハーブティーを、エスカとフレヤは紅茶を注文した。

 軽食の準備に時間がかかったようで、出てくるまでに時間がかかった。

 アフタヌーンティーっぽい雰囲気なのに別々では楽しみが半減してしまうので、二つ同時に出せるタイミングを合わせているのだろう。


「うーん、とてもいい香りの紅茶だよ」


「茶葉に詳しくないですけど、こんなに素敵な香りは初めてです」


 二人は紅茶に満足しているようで、一緒に来た甲斐があったと思った。

 こちらのハーブティーも体験したことのないもので、いつまでもこの香りに浸っていたいと思うような質の高さだった。


「今度は軽食を食べるとするか。これは見た目からして、クラブハウスサンドみたいなものだな」


 店主はイギリス文化に明るい転生者かと思うほど、それっぽい雰囲気だった。

 ただ、由来よりも気になるのは、実際の味の方だろう。

 スタンドからサンドを一切れ手に取り、そのまま口に運んだ。


「……う、美味い」


 味覚をかく乱する魔法が存在するのかと戸惑いそうになるほどの完成度だった。

 パンは適度に焼かれて香ばしさがあり、挟まれた具はしっとりしている。

 からしとケチャップの味がするが、既製品がないこの世界で手作りするのは大変だろう。


「それに加えて、ここから見える景色も美しい」


 通りを挟んだ向こう側には整えられた庭園が広がる。

 こうして、優雅な時間をすごしていると心が潤うようだ。

 口にするものから目に映るものまで、ティータイムを満喫するために用意された空間だと思った。

 

「ねえ、マルク。そんな呆けた顔してどうしたの? 最近忙しかったから、疲れてしまったのかな」


「マルクさんがそんな顔するの初めて見た気がします」


「……あっ、何か変だった?」


 二人が自分のことを言っている気がして、戸惑いながら反応を返した。

 

「大丈夫ならいいんだよ。そういえば、新装開店してから働きづめだから、どこかで休みを設定したら?」


「そうか、ごめん。フレヤに頼りっぱなしで……もちろんエスカにも」


「わたしは大丈夫ですから、気にしないでください。ただ、二人とも忙しそうだから、そろそろ休みを取ってもいいかもしれませんね」


 エスカは俺だけでなく、ライバル視しているようなフレヤに対してもいたわるような言葉をかけた。

 彼女の自然な振る舞いに優しさを垣間見る場面だった。


「日によって客入りに差があるけど、定休日は曜日で固定する方がよさそうか」


 ちなみに知る限りでは周辺諸国も含めて、地球のカレンダーに近い暦である。

 違いがあるとすれば、どの月も均等に三十日までしかないところぐらいだ。

 もっとも、バラムに至っては季節の変化が少ないので、春夏秋冬と各月に相関関係はない。


「――お話し中、失礼します」


 三人で話していると席に案内してくれた女の店員が近づいてきた。

 トレーの上にティーポットとカップを乗せている。

 すでに注文したものは来ているので、何か勘違いしているのかもしれない。  


「あれ、もう揃ってますよ」


「新しいフレーバーティーを試作しているところで、よろしければ試飲して頂けませんか?」


「いいんじゃないかな」


「わたしも歓迎です」


 彼女の手にしたポットからは何やらいい香りがしており、エスカとフレヤはそれに気づいているようで前のめりに賛成した。


「俺もお願いします」


「ありがとうございます。順番にご用意します」


 テーブルに置かれた三つのカップに紅茶に近い色合いのお茶が注がれていった。

 甘酸っぱい香りはイチゴ由来のように感じられた。


「お口に合うとよいのですが。もちろん、代金はけっこうです」


「それじゃあ、早速」


 エスカたちとの話が途中だったが、淹れたてを口先ですする。

 茶葉の芳醇な香りとベリー系の酸味が重なって、絶妙な味わいが口の中に広がっていく。

 一つ目のハーブティーに感動したばかりだが、これまた上品で驚くばかりだ。


「……これは幸せな香りがするよ」


「……こんなに素敵なお茶を試飲できるなんて」 


 我らが女子二人は陶酔するような顔つきになっていた。

 上品すぎて刺激が強かったのかもしれない。


「おーい、二人とも現実に帰ってくるんだ」


「あれ、私はどうしたのかな」


「えっ、マルクさん?」


「この香りはすごいです。店で出したら、二人みたいなお客が続出しますよ」


 俺は冗談めかした口調で言った。

 フレーバーティーで特別な時間を作れるのなら、提供した方がいいと思った。


「ふふっ、素敵な女性二人に好感触で安心しました。これならお店で出しても問題ありませんね」


 店員の女はうれしそうに微笑んだ。

 立ち振る舞いは洗練されているが、素朴さも感じさせる笑顔に親しみを覚えた。

 おそらく、彼女が王都に行ったという店主だろう。


「もしかして、こちらの店の主人ですか?」


「はい、そうです。私はパメラといいます」


「俺はマルクです。よろしく」


「うふふっ、私はマルクさんのことを存じ上げています」


 パメラの言葉に俺だけでなく、エスカとフレヤも驚くような反応を見せた。


「あれ、どこかで会いましたっけ?」 

   

「こちらが一方的に覚えただけです。王都にいた時、風の噂でカタリナ様を助けた人の中にバラムから料理を振る舞いに来た人がいると聞きました」


 それから、彼女はバラムに戻ってから、俺がどんな人物か確かめたと言った。

 同じ町の人間として、王国の危機に立ち向かった姿勢に感銘を受けたそうだ。


「実は焼肉も食べに行ったことがあります」


「そうなんですか。ホントに申し訳ないんですけど、来てもらったことを覚えてなくて……」


「気になさらないでください。私が勝手に追っかけみたいなことをしているだけですから」


 追っかけと例えているだけで、異性に対する恋慕みたいなものは感じなかった。

 強いて言えば憧れみたいなものの方が近いと思う。

 もっともこちらからすれば、これだけの店を構えている方がよっぽどすごい。

 

「ところで、うちの店の休みをどうするか話していたところなんですけど、このお店は定休日はどうしてますか?」


 ずいぶん繁盛しているので、どういうふうにやりくりしているか気になった。

 それを経営者本人から聞けるのは貴重な情報だろう。


「私はまだ始めたばかりなので、参考になるか分かりません。ただ、王都にいた時に働いていたティーハウスで学んだことに沿った営業をしています」


「王都にそういうところがあるんですね。向こうにいた時は慌ただしくて、全体を散策できなかったので」


 あの時は、十代という若さであってもれっきとした大臣であるカタリヤに焼肉を振る舞うため、色々と準備が大変だった。

 自由時間はあるにはあったものの、街に詳しい人と回る機会はほとんどなかった。


「少しひっそりとした場所にあるので、地元の人じゃないと行けないかもしれません」


 パメラはこちらを気遣うように言って話を続けた。

 

「それで定休日のお話でしたね。昼下がりにお茶を楽しむとなると、眺めのいいテラス席と庭園は外せないので、庭木の手入れなどを含めると週に二回は休日が必要です。たぶん、マルクさんのお店もそれぐらい休んでも問題ないと思います」


 王都で経験を積み、辺境の町で繁盛店を営むパメラの言葉には説得力があった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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