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新装開店に向けた準備

 何ごとも揃うべき材料が集まれば、とんとん拍子に進むものだと思う。

 フレヤと拡張工事について話し合ってから、町の中の業者に依頼することになった。幸いなことに予算も日程もクリアできた。


 店をしばらく閉めることになるので、工事開始の二週間ほど前から順次予定を告知した。特に不満を述べるお客もおらず、日程は順調に進んでいった。

 ちなみに工事が始まるまでの期間、アデルとエステルが来店したり、エスカが顔を出したりした。

 エルフの姉妹はさしてフレヤに反応を示さなかったが、エスカは妙に対抗意識を燃やしているようで、傍目に冷や冷やすることがあった。

 

 そんなこんなで店の工事が始まった。

 期間中は営業できないので休みになるわけだが、業者に任せっきりで遠征に行くわけにもいかず、バラムですごす日々が続いた。


 店を始めてからのんびりした時間はほとんどなかったので、久しぶりに一人でくつろげる機会になった。

 毎日ではないが、何日かに一回ぐらいの頻度でフレヤと工事の進捗を確認して、今後の方針についてすり合わせを行うこともあった。


 やがて新しい設備が完成して、フレヤと二人で店の状態を確認した。

 テーブルの数を今までの三つから五つに変更して、日本の焼肉のように一つのテーブルに焼き台が一つあり、それを一グループで使うようになっている。

 

 肝心の屋根に関しては横長の三角形のものが設置され、全天候型のバーベキュースペースみたいな見た目に変化していた。

 王都に比べれば物価が安いバラムとはいえ、全てのテーブルを覆うだけの面積をカバーしようとした結果、施工費が想像以上の金額に膨れ上がった。

 フレヤが折半してくれなかったら、なかなかの痛手だったことは間違いない。


 工事が完了した翌日。店に足を運んでいた。

 今日は営業の予定はなく、全体の状況確認とメニューを決めるつもりだった。

 特に変更がなければ、当初の予定では明日に営業再開することになっている。


 俺は新しくなったテーブルの周りを確かめた後、適当な椅子に腰かけた。

 視界に入るのは頼もしい屋根と新しいテーブル。

 既存のテーブルは磨き上げたばかりで、新旧どちらも輝きを放っていた。

 短期間で変化した店の光景に、まだ慣れていない自分がいることに気づく。


「今までは少ない席だったけど、増やした分だけ働き手が必要だな」


 当面はフレヤが手伝ってくれるので問題ないものの、自分が不在の時には人手が足りなくなることは間違いない。

 積極的な気持ちから拡大を決めた以上は後悔はないが、今までのように店を閉めて食材探しの遠征に行くことはできなくなりそうだ。

 とはいえ、メニューの組み合わせが単調になることは避けたいので、開拓することを諦めるというわけではなかった。


「もう店を始めて何ヶ月も経つのか……あっという間だったな」


 誰もいない敷地で感傷に浸る。

 この調子でいけば、順調な経営は続けられるだろう。

 フレヤのように商売に明るい人材と出会ったことも大きい。

 

「それにしても、これが俺の店か」


 何度見ても自分の城が拡大する様子はいいものだった。

 ついやるべきことを忘れそうになるほどの魅力がある。


「新装開店のメニューなら、やっぱりあれだろうな」


 この店の最初の営業日。

 用意できたタレに満足できなかったという事情もあり、塩で食べるかたちで提供した。

 お客の反応は上々でなかなかの手応えを感じたものだ。

 肉はあの日と同じ牛ロースで、塩は在庫の中で一番適した種類を使う。

 

「精肉店への仕入れはセバスに配達を頼んでおくとして……塩選びにそこまで時間はかからないか」


 開店当初は肉だけで出していたが、今では焼き野菜を一緒に出すようにしている。

 メインとなる肉の存在感が足りない時、あるいはローテーションが単調になりそうな時などは、スープや小鉢を足すかたちで変化をつけていた。


 先ほどから何かを忘れていると思っていたが、それが輪郭を伴って明確になっていくとずいぶん懐かしい気持ちになった。


「ははっ、混雑するかもしれないからって、オペレーションときたか……」


 それはまるで、自分の中に別の人間がいるような感覚だった。

 忙しくなることを見越したもう一人の自分が失念しないように、気に留めようとしているのだと解釈した。


「もう大丈夫だ。何とかなる」


 誰にともなく言葉を紡いだ。

 あるいはいつかの「自分」に告げたかったことなのかもしれない。

 

 敷地の周りに吹いた風がさわやかな空気をもたらした。

 それが頬に触れるのを感じながら、澄み渡る青空を見上げた。 




 迎えた翌日。朝からすっきりした快晴で焼肉日和な天気だった。

 俺は自宅から店に向かうと、清掃状況を確認して手早く掃除を済ませた。

 その後は配達に来た氷屋に店内の簡易冷蔵庫に氷を収めてもらった。 


 最後にもう一度だけ敷地の状態を確認してから、この日の下準備を始めた。

 セバスが納品したロース肉は鮮度が抜群で、バラム周辺に畜産農家がいることのメリットを実感した。

 すでに切り分けやすい塊に分かれているので、そこから一枚ずつ切り身になるように包丁を入れる。

 

「よしっ、今日の分もいい感じだ」


 赤身と脂のバランスが取れていて、見た目からいい味がすることが想像できた。

 今日はいつもより多めに仕入れてあるので、淡々と必要な分を切り分けていく。

 時間をかけて作業を終えると、なかなかの量だと目を見張った。

 

「おっはよー、今日もやってるね」


 切り分けた肉を簡易冷蔵庫にしまおうとしたところで、フレヤがやってきた。


「おはようございます」


「今日は記念すべき新装開店だよ!」


「自分のことみたいに喜んでくれてますね」


「当たり前だよ。私も投資してるから」


 フレヤはちょっとだけ真剣な顔で言った。

 それを聞いて当たり前のことだと思った。


「ところで、今日は忙しくなるかもしれないですけど、大丈夫ですか?」


「ばっちり任せて、私は役に立つんだよ」


 フレヤは右腕で力こぶを作るような動きを見せた。

 槍が使えるだけあって、細く筋肉質で引き締まっていた。


「分かりました。今日もよろしくお願いします」


「うんうん、よろしくね」


 俺はフレヤに鉄板と焼き台の確認や開店前の清掃を任せると、肉以外の食材の準備を進めた。

 集中して取り組むうちに開店の時間が近づいていった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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