フレヤからのアドバイス
翌日。いつも通りに店を開くとぽつぽつと客足が増えてきた。
日々メニューを調整して料理を提供することによって、満足した顔で帰っていく姿を見るのは他のものに代えがたい喜びだった。
今日もそんな調子で平和に一日がすぎていく。
それから、昼食のピークタイムがすぎて、客足がまばらになったところだった。
俺が片づけをしながら店の様子を見ているとフレヤがやってきた。
「やぁ、やってるね」
「わざわざ来てくれたんですね」
「勝手にマルクの将来性を見こんでてね。どんな店なのか気になったんだ」
フレヤは昨日と変わらない明るい雰囲気でテーブル席の辺りに歩いてきた。
「昼食はまだですか? よかったらご馳走するので、適当に座ってください」
「うん、ありがとう」
フレヤは椅子に腰かけてから、焼き台の上の鉄板をじっと見つめた。
そんな彼女を横目で見つつ、食事を終えたお客の会計を済ませる。
「ちょっと待っててください。すぐに用意するので」
「私のことなら気にしないで、気長に待つから」
俺は手が空いたタイミングで、一人前の料理を用意した。
今日のメニューは切り分けたハラミ肉と野菜の盛り合わせだった。
来店してくれる常連が多いため、内容は日替わりでローテーションしていた。
精肉店のセバスのおかげで幅を持たせることが可能になっている。
「ええと、ハラミはまだ残ってるよな?」
店内の厨房に戻って、簡易冷蔵庫の中身を確認する。
あと三人前ぐらいはいけそうな量が残っていた。
フレヤの後にお客が来る可能性は低いため、完売までもう少しだったことになる。
「ううむ、フレヤが来なかったら、一人分多く売れ残ったか……」
完売しなくても赤字になることはない。
バラムでの生活コストを考えれば、そこそこ売れているだけで日々の生活は十分に成り立つ。
日本でありがちな店を始める前のまとまった借り入れはなかった。
「……せっかく、フレヤが来てくれたのに悩んでもしょうがないな」
俺は一人前の肉と野菜を用意すると、食器と一緒にテーブルへ運んだ。
「お待たせしました」
「おっ、待ってましたー」
「ちょっと準備をしますね」
焼き台の火が消えた状態なので、サスペンド・フレイムで火を入れた。
鉄板は交換済みで新しいものが置いてある。
「へえ、面白い。魔法の火で焼くんだね」
「はい、木炭が高価で手に入らないので」
「なるほどねー」
フレヤは好奇心だけでなく、どこか見定めるような視線を感じさせた。
見習いといえど商人の気質からくるものなのかもしれない。
やがて鉄板が温まったところで、彼女に食べ方を説明した。
野菜でも肉でも好きな方からでと伝えると、野菜から食べる方が健康にいいみたいと言って、野菜を先に焼き始めた。
「ひとまず、大丈夫そうだな」
一通りの説明を終えた後、店の後片づけをすることにした。
テーブルを拭いてから、使用済みの鉄板をやけどに気をつけて洗い場に下げる。
鉄板を移動した後は焼き台の手入れを済ませる。
作業に一区切りついたところで、フレヤに声をかけられた。
「マルク、肉も野菜も美味しいじゃん!」
「気に入ってもらえてよかったです」
彼女はご機嫌な様子で食事をしていた。
あのように気持ちのいい食べっぷりを見せられると、料理を提供した側としては気持ちがいいものだ。
それから残りの作業も落ちついたところで、二人分のアイスティーを用意して、フレヤの席に向かった。
「ここに座っても?」
「全然、気にしなくても」
「じゃあ、失礼して」
俺はグラスをテーブルに置くと、エプロンを外して空いた椅子にかけた。
フレヤは朗らかな表情を見せていたが、ふいに神妙な気配を感じさせた。
「ねえ、マルク」
「はい、何でしょう」
「料理の味はばっちりだし、きみの接客もいい感じ。だけど、何かこう足らないものが色々とある気がするんだよね」
「……よかったら、詳しく教えてもらえませんか?」
アデルとハンクは甘々なところがあるので、そういった話をすることはほぼない。
お客に至っても、せいぜい早く料理を持ってこいと言うぐらいで、具体的に何が足りないという話をすることはなかった。
おそらく、焼肉屋が他にないことで、比較対象が存在しないことが大きかったのだと思う。
「あっ、勘違いしないでね。私の将来性を期待してるって言葉にウソはないんだよ」
「それはもちろんです」
前置きの言葉からフレヤなりの配慮が感じられた。
彼女の人柄は理解しているつもりなので、罵詈雑言をぶつけられでもしない限りは聞く耳を持とうと思った。
「まず、客席が少ないかな」
「はい」
「たぶん、一人でお店を回してると気づきにくいと思うんだけど、満席だからって待とうとせずに帰っちゃう人もいると思うんだ」
「……あっ」
フレヤの言葉に思い当たる節があった。
それは俺一人の時ではなく、エスカやジェイクが手伝ってくれていた時のことだった。
満席の時に待ってくれるお客もいるが、外から入りたそうな空気を醸し出しながら、残念そうに去っていく人もちらほらいた。
その中で顔を覚えていた人が別の日に来店するということもあった。
「すごいですね。初めて来たのにそこまで気づくなんて」
「うちの地元はこの町よりも競争が激しくてね。手を変え品を変えって戦略を練らないとお客さんを維持できない場所なの。それに商人の娘だから」
「もしかしたら、恵まれすぎていたのかもしれません」
「そんなことないんじゃない。この味つけにしたって、食べやすい大きさの野菜だって、工夫したことが伝わったから」
フレヤの言葉に胸を打たれた。
当たり前のこととしてやってきたことだが、こうして評価されることは素直にうれしかった。
「……ありがとうございます」
「もう全然大したことじゃないから。あとはお店を発展するには人手がもっと必要だよね」
「最近、同じことを考えていたところでした」
フレヤは何かを企むようないたずらっぽい笑みを浮かべていた。
彼女が何を考えているかが予想できず、次の言葉を待つことにした。
「とりあえず、私を雇いなさい! 必ず成功させてみせるから」
「――えっ、ええっ!?」
「大丈夫、法外な賃金は要求しないから。出来高払いも考えなくはないかな」
フレヤは頼もしいほどに自信ありげな表情だった。
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