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旅する見習い商人

 俺は店内に戻ってグラスを返すと、マリーさんにご馳走になったお礼を言った。

 それから店の外に出て、フレヤと合流した。


「お待たせしました」


「それじゃあ、案内よろしく」 


 フレヤは気さくで接しやすい印象だった。

 人懐っこい性格みたいで、好感が持てる人柄だと思う。

 後ろで一つに束ねた栗色の髪と日に焼けた小麦色の肌。

 服の袖から伸びる腕は細くとも筋肉質だった。

 

「この辺りは落ちついた雰囲気でいいところだね」


 マリーさんの店を離れて歩き出したところで、フレヤが町を眺めて言った。

 本人は旅人だと言っていたが、どこからやってきたのだろう。


「フレヤはどこから来たんですか?」


「ここからずっと遠い国。親が商人で仕事を継ぐつもりなんだけど、私の代でも同じ商売を続けるのもどうなのかなって思って。見聞を広めるために旅をしてるところ」


 ランス王国周辺は金色の髪の人が多いため、フレヤはこの辺りの出身ではないと思っていた。

 考えてみれば難しいことではないが、予想は当たったみたいだ。

  

「へえ、それはすごい。女性の一人旅だと色々と物騒じゃないですか」


「それなら大丈夫。護身術の一環で槍術を習ったから」


 フレヤはそう言うと、手にしている先が覆われた長い棒を指でつついた。

 町中なので布がかけられているが、その中身は槍ということだろう。


「実はこの町に着いたのがついさっきでさ、お昼ごはんはまだなんだよね」


「そうですか。地元の人間なので、食事ができるところは紹介できますよ」


「まずは町の案内の前に食事にしようよ」


 フレヤは食事を楽しみにするように足取りが軽くなった。

 彼女の期待に応えたいが、出身が違うと味の好みも変わってくる。

 どんなものが食べたいかだけでもたずねておこう。 


「魚料理以外はわりと幅広くありますけど、何か希望はありますか?」


「うーん、地元のものとか? 特産があるか分からないけどさ」


「特産ですか……あれ、何かあったか?」


 フレヤの返しはごくごく自然なものだったが、こちらに答えの用意がなかった。

 とりあえず、地元で親しまれている料理とかでもいいのだろうか。


「特産ではないかもしれないですけど、地元で愛されている料理はあります」


「いいじゃん、そういうの。まずはそれが食べれる店に案内してよ」


「そういうことでいいなら」


 俺たちはモントレイ通りを出て、マーガレット通りにつながる道を歩いた。

 徐々に人通りが多くなり、道沿いの店の数も増えている。


「けっこう色んな店があるね」


「この辺りがバラムの主要通りです。もう少し先へ行くと市場もあります」


「へえ、市場か。食事が終わったら行ってみたいかも」


 フレヤは町の様子に興味を示しながら歩いていた。

 それなりに人口の多い町から来たようで、通行人が増えても気にならないようだ。


「あっ、こっちです」


 フレヤに紹介する店が近づいていた。

 店名はたしか「キュイル」だったような……。

 入り口の周りに看板が見当たらないので確認できなかった。


「ふーん、雰囲気はまずまずってところかな」


「味は保証するので、よかったらここにします?」


「他を探す間にお腹が空きそうだから、ここでいいよ」


 フレヤの言葉を聞いてから、扉を開いて中に入った。

 席の少ない家庭的な店で、昼時をすぎたこともあって閑散としていた。


「はい、いらっしゃい」


 キュイルの女店主が陽気な声で言った。

 地元の店ということもあり、彼女の顔は何度か見たことがある。


「二人なんですけど、この時間でも料理は出せますか?」


「もちろん問題ないよ。席は好きなところに座って」


 俺はフレヤと空いた席に腰を下ろした。


「ねえ、注文はどうするの?」


「ここはメニューがなくて、料理の種類は少ないです」


 よそから来たのなら注文に困るだろうと思い、頼むことのできる料理について、簡単な説明をした。 


「そうしたら、そのポトフっていう料理とバラム風ソテーを頼もうかな」


「すいません、注文いいですか?」


 俺が呼びかけると、店の奥から先ほどの店主が戻ってきた。


「ごめんね、夕食の準備を手伝ってて」


「いえ、大丈夫です」


「私はポトフとバラム風ソテーを」


 フレヤが注文したバラム風ソテーはタマネギとジャガイモ、干し肉を塩コショウとハーブを加えて炒めたものだ。

 俺は昼食は済んでいるので、食事以外のものを頼むことにした。


「デザートを何か一つ。飲みものは紅茶で」


「はい、ありがとう。少し待っててちょうだいね」


 女店主は厨房の方に注文を通しに向かった。

 それから少し経った後、二人の注文したものがテーブルに並んだ。


 フレヤの頼んだポトフからは湯気が上がり、バラム風ソテーは焼きたてのいい匂いがしている。

 ちなみにデザートのオーダーに対して、プリンとタルトを足して二で割ったようなものが届いていた。


「これは期待以上だね。すっごく美味しそうだよ」


「味もなかなかだと思います。気に入ってもらえるといいですけど」


 俺はフォークを手に取り、デザートを食べ始めた。

 見た目通りの柔らかさで、力を入れなくても切れる。 

 そのまま口に運ぶとほどよい甘さで食べやすかった。


「こっちのポトフは具は美味しいけど、スープは薄味かな。ソテーの方はけっこう好みの味つけだよ」


「気に入ってもらえたならよかったです」


 フレヤとは会ったばかりだが、和やかな時間がすごせてよかった。

 

 それから、食事が終わったところで会計を済ませるタイミングになった。

 

「ここはご馳走させてください」


「ええ、いいよー。自分で払うって」


「今まで旅先で親切を受けることが多かったので、今日は親切にする方に回ってもいいかなと思ったんです」


「うーん、そこまで言うならいっか」


 俺は二人分の代金を支払って、フレヤと店を出た。

 マーガレット通りを歩いて町案内を再開する。


 食堂を出てからの彼女は満足そうな顔をしていた。

 その様子を見ているとうれしい気持ちになる。

 初対面だというのに不思議と気が合うと思った。

 

 二人でしばらく散策を続けた後、歩き疲れたフレヤのためにベンチに腰かけた。

 近くにはエレーヌ川が流れており、さわやかな風が吹いていた。


「ありがとう。色々見れて楽しかった」


「役に立てたのならよかったです」


 フレヤが喜んでくれたのなら、案内した甲斐があったというものだ。

 彼女の疲れが取れるまで休憩するつもりでいると、隣から視線を感じた。


「……俺の顔に何か?」


 手でペタペタと触ってみるが、特に違和感はない。


「マルクってさ。近くで見るといい顔してるよね」


「……えっ」


 まさか、出会ったばかりなのに愛の告白をされているのか!?


「違う、違う。そういう意味じゃなくて」


「そりゃあ、そうですよね。今日会ったばかりだし」


「人を招くような魅力があるっていうか……」


 フレヤの言葉は巡り合わせの祝福を言い当てたようで、内心驚いていた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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