市場管理組合とコスタの現状
革の質を触りながら確かめていると、エステルが声をかけてきた。
「ねえ、この椅子高そうだね」
「ですよね。俺も同じことを思ってました」
ちなみにアデルは根っからのセレブだからなのか、落ちついた様子で座っている。
「これさ、もらって帰れないかな?」
「いやー、どうでしょう。お礼はしてくれるみたいですけど、これは無理じゃないですか」
「ああでも、どっちみち馬に乗せられないか。うーん、残念」
エステルは少ししょんぼりした様子になった。
するとそこで、彼女を慰めるようにアデルが口を開いた。
「バラムの家具職人に頼めば、同じものは手に入るわよ」
「うんうん、その手があったね!」
「それに、エスが里帰りした時に持たされたお金で十分買えるわよ」
「あははっ、お金の計算は苦手なんだ」
エステルは苦笑交じりに声を漏らした。
姉妹の違いを目の当たりにして微笑ましい気持ちになった。
アデルは気前はよくても、銭勘定はしっかりしている印象だ。
「――お待たせしました」
俺たちをここへ案内した男が戻ってきた。
女の使用人が一人ついてきており、彼女は淡々とお茶の用意を始めた。
「のどは渇いていませんか? よろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
「お口に合えばよいのですが」
そこまで渇きはなかったが、親切に応じるべく少しだけ口につける。
茶葉の種類は分からないものの、果実のようにみずみずしい香りが印象に残った。
「外は少し暑かったから、冷たいお茶はありがたいわ」
「お茶うけもご一緒にどうぞ」
三人分の飲みものが入ったグラスとカットフルーツの乗った皿がテーブルに置かれた。
種類はオレンジのようなものとスイカ、もう一つはパパイヤのように見えた。
皿に添えられたフォークで、スイカを刺して口に運ぶ。
「甘くて美味しいです」
「それはよかった。召し上がりながらで構いませんので、こちらの自己紹介を」
「はい、どうぞ」
男は嫌味のない微笑を浮かべて話し続けた。
アデルとエステルはフルーツに夢中で、会話に加わる気配は見られない。
出されたお茶と相性がいいので、そうなるのも仕方がないと思った。
「私の名前はサンドロ。コスタの市場の管理組合で組合長を任されています」
「俺はマルクです。ギルドでいうところのギルド長みたいな立ち位置ですか?」
「ええ、似たようなものです。もっとも、出店料で儲けさせてもらっているので、仕組みとしてはギルドと異なりますが」
サンドロから感じていたゆとりは、収入の多さからくるものだと悟った。
彼の立ち振る舞いは何で見ても大らかに映る。
「ところで、お礼なのですが、危ないところを助けて頂いたので……」
「話を遮ってすみません。さっきの男たちは何ですか?」
「できれば、私も知りたいわね」
アデルがフルーツタイムから帰還したようだ。
一方、エステルはまだ味わっている。
ちょうど今、使用人からおかわりはいかがですかとたずねられたところだ。
「皆さんはランス領からと伺いましたが、街道に二つのルートがあることはご存じですか?」
「いえ、こちらに来るのは初めてで」
「私も初耳だわ」
「なるほど、もう一つのルートは整備の途中でして……通行止めになっていたところへ、あの者たちが訪れて占拠したようです。皆さんが親玉を倒してくれたので、残るは有象無象の集まり。早晩、討伐されて再び開通するでしょう」
サンドロの話を聞きながら、漠然とした考えが浮かんでは消える。
俺が上手く言葉にできないでいると、アデルが話し始めた。
「そのルートともう一つのルート。どちらがランス領まで早いのかしら」
「知的な方だとお見受けしましたが、目のつけどころが素晴らしい」
「あら、褒めても何も出ないわよ」
アデルは元々自尊心が高いので、反応は薄かった。
それを気に留める様子もないまま、サンドロは言葉を続けた。
「封鎖されている方は短い時間で行けるルートなのです。海産物を運搬するのに便利な道でした。順調に整備が進めば、多くの人間が利益を得られるでしょう」
「……あれ、それってもしかして」
「ええ、そういうことよ。そっちの道が使えれば、海産物の運搬が楽になる」
これは他人ごとではないと思った。
バラムまでの輸送時間が短縮できれば、自分の店で食材を使うことも可能になる。
そうなると、先ほどの男たちの残党が問題ということか。
「さっき、討伐と聞きましたけど、ギルドから冒険者が?」
「いえ、ロゼル本国から兵士が派遣されます」
「コスタの町に衛兵はいないんですか?」
ランスでは兵士が常駐しない町があっても不思議ではない。
ロゼルの実情がどうであるかは、他国ということもあり明るくなかった。
「残念なことにギルドに丸投げというのが実状です。特に少し前はベルンの件で戦力の配分にシビアだったそうです。特にロゼルは漁業よりも新しい技術を推す方針ですので。コスタのような町は軽視されやすい背景がありました」
ここまでゆったりした佇まいのサンドロだったが、話題が話題だけに複雑な表情を浮かべていた。
せっかく和やかな雰囲気になっていたので、これは話題を変えた方がよさそうだ。
「……ところで、お礼の件ですけど、こちらから要望を出しても?」
「もちろん、構いません」
「市場の管理組合なら、魚介類を融通してもらいやすそうですけど、その辺りはどうですか?」
「色んな業者とこれまでの付き合いがありますから、質の高いものを優先的に手に入れることは可能です。融通というと、買って頂くという意味でしょうか?」
「実は料理店を経営していて、コスタの鮮魚を使いたいと思ってます」
俺がそう伝えると、サンドロは納得したように頷いた。
「私の立場もあるので、永久に優先的にというわけにはいきませんが、数回程度なら問題ありません」
「それで構わないですよ。やっぱり鮮度が重要なので、この話は例のルートが解放されてからお願いできればと」
「承知しました。討伐で奴らが一掃されれば、私の憂いもなくなります。そちらの要望に応えやすくなるでしょう」
「それじゃあ、今後ともよろしくお願いします」
俺は椅子から立ち上がると、サンドロの方に手を差し出した。
すぐに彼も立ち上がって、こちらの手をしっかりと握った。
「こちらこそお願いします。復旧まで多少は時間が必要だと思いますので、もうしばらく経ってから来て頂ければ確実だと思います」
まさかのビジネスパートナー誕生だった。
これで海産物全般において、心強い仕入れ先になるはずだ。
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