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コスタの町を騒がす者たち

 置かれた金貨の量は相場よりも多すぎる金額だった。

 やはり予想通りというべきか、店主は遠慮がちに口を開いた。


「こんなにもらうのはさすがに……」


「妹と仲間と素敵な時間がすごせたわ。そのお礼、ではダメかしら」


「……それなら、まあ」


 店主は金額の多寡以前に、アデルの美しさに惹かれているように見えた。

 そのことに素早く反応したのは給仕の女だった。

 彼女は伴侶のように店主の隣に立って頭を下げた。

 おそらく、これ以上はやりとりが長引かないようにと牽制したように見えた。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」


「そうしてもらえるとうれしいわ。二人共行くわよ」


 俺とエステルはアデルに声をかけられて立ち上がった。

 完食したいところだったが、ここまで頼みこまれては仕方がない。


 恐縮する店主たちに見送られて店を出ると、通りを歩く人影が極端に減っていた。

 先ほどまでの賑やかな雰囲気はどこへやら、ずいぶんと静かになっている。


「柄の悪い連中と聞きましたけど、今時盗賊でも出るんですかね」


「あなたは冒険者ではないのだから、首を突っこまない方がいいわ」


「姉さん、けっこうドライだよね」


 三人で普段通りの会話をしながら歩いていく。

 行かない方がいいと言われた方向には向かわず、散策を続けるつもりだ。


「コスタも広そうですし、ゴーストタウンみたいなのはここだけでしょう」


「さすがに市場にまで影響があるとは思えないわね。この後は魚介類を見に行ってもいいと思うけれど」


「ああっ、そうしますか。あまり遅いと店が閉まるかもしれないですから」


 夕方まではもう少し時間がありそうだが、ゆっくり見ようと思うなら余裕があるに越したことはない。

 のほほんとした気分で歩いていると、中心に噴水のある広場に出た。


「あれ、ここも人気がないですね……」


「――マルク、姉さん」


 緊張感のある声に意識が切り替わるような感覚を覚えた。

 いち早く異変を察知したのはエステルだった。

 

「ほら、あそこ」


 エステルの示す先には、いかにも札付きの悪党といった風貌の男たちがいた。

 見たままの印象が正しければ町の人に絡んでいるように見える。


「うーん、見て見ぬふりはできそうにないですね……アデルはどうです?」


 独断専行をするわけにもいかず、隣を歩く彼女にたずねた。

 ちらりと余裕のある笑みが浮かぶ。


「まあ、放っておけないじゃない」


「へへっ、ですよね」


 アデルの確認が済んだ後、エステルに声をかけようとしたら姿が消えていた。

 ついさっきまでいたはずだが。


「あら、予想通りね。私たちの出る幕はないと思うわよ」


 アデルが淡々と言った。

 いまいち状況が把握できずにいると、彼女に促されて前方に目を向ける。


「うわっ、気が早い……」


 すでにエステルは男たちの近くに立っていた。


「これはまずいな」


 いくらエステルとはいえ、多勢に無勢。

 何かあってからでは、せっかくの旅が台無しになってしまう。

 俺は慌ててエステルのところへ駆け寄った。


「おうっ、何だ嬢ちゃんは?」


「名乗るほどの者じゃないよ」


「はっ、なめてんのか?」


「親分、やっちまいましょう!」


「そうだな、痛い目見てもらうとすっか」


 悪党たちはこちらには気にも留めず、エステルに対峙している。

 乱戦では彼女が魔法を使いにくいので、こちらが手助けするにしても機を窺う必要がある。

 

「いくぞ、お前ら!」


「「へい!」」


 悪党たちは威勢よくエステルに襲いかかろうとした。

 だがしかし、彼女は軽い身のこなしで攻撃をかいくぐった。

 驚くばかりの滑らかな動きに目が釘づけになる。


「へへんっ、反撃させてもらうよ」


 今度はエステルの方が攻撃を繰り出した。

 まるで空中に縄でもあるかのような身のこなしで、飛び蹴りや回し蹴りで悪党たちを圧倒していく。

 肉弾戦も可能とは頼もしいと思いかけたが、彼女は魔法を使わないことで周囲を巻きこまないようにしているのだと思い至った。


「何だか歯ごたえないなー」


 エステルは物足りなさそうな様子でため息を吐いている。

 戦い――と呼べるほどのものではなかったが――の後にはこてんぱんにやられた悪党たちの姿があった。

 

「私の言った通りね。衛兵かギルドに突き出せばいいのかしら」


「……こうなると知ってたんですね」


「それは妹だもの。当然よ」


「そりゃそうですね」


 これは愚問だった。 

 とにかく、悪党以外にケガ人が出なかったのは幸いだ。


「……あのう、危ないところをありがとうございます」


 エステルが悪党から助けた男が礼を述べていた。

 彼女は鼻高々といった様子で応じている。


「ふふん、当然のことをしたまでだよ」


「皆さんはどこかよその町の方でしょうか?」


「私たちはランス領の方から来たわ」


「行商人……には見えませんね。よかったら、何かお礼をさせてください」


 男は三十代ぐらいで衣服は一般的なものだが、物腰から裕福な雰囲気を感じさせた。


「ところで、この男たちはどうしておけば?」


「それでしたら、衛兵が近いうちに来ると思います」


「とりあえず、そのままにはしておけないので、捕縛しておきますかね」


 エステルと協力して悪党たちを縄で縛ろうと思ったところで、いつの間にか周囲に人が増えていた。


「こいつらをお縄にってんなら、おいらに任せてくれ」


「けっ、散々やりたい放題しやがって」


「野盗が町に来るようになってから、子どもが心配で外で遊ばせにくかったわ」


 町の人たちが口々に思いの丈を述べていた。

 そうなるぐらいには色々と迷惑をかけたのだろう。


「それではこちらへ。案内させて頂きます」


 この先は地元の人たちに任せるとして、俺たちは男についていった。


 先導する男に続いて路地を歩いて、二階建ての横に広い建物の中に入った。

 コスタはそれなりに歴史ある町だと思うが、この建物は新築に近い状態で清潔感のある内装だった。


「こちらが来客室です。すぐに戻りますので、お好きな席でお待ちください」


「うん、ありがとう」


 俺たちは部屋の中に足を運んで、一つずつが大きめの椅子に腰かけた。

 あまり見かけたことのない革張りで、いくらぐらいするのか気になった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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