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偉大なる者と竜神の存在

 俺はカップを真っ白なテーブルに戻してから、話の続きを始めようと口を開いた。


「……それで、あなたのところにたどり着いた末、この世界に転生した、という認識で間違いないですか?」


「そうだのう。わしの方で補足するとすれば、そなたの魂は傷だらけで、すぐにでも消滅しそうじゃった。そなたに限らず、ここに迷ってくる者はそのような状態のことが多い。それでわしはせめてもの救いをと思い、そなたに一つの祝福を授け、この世界に生まれ落ちるようにした」


 老人の説明は淡々としていて、理解しやすい内容だった。

 その一方で、一人の人間でしかない自分が聞いていいことなのか疑問が湧いた。

 この世界における重要な側面であることは間違いないだろう。


「ちなみに、その祝福とはどんなものですか?」


「そなたは生まれ変わる前、他者との関わりで生まれた痛みから抜け出せないような状態になっておった。ならばせめてもと思い、『出会いに恵まれる』という祝福を授けた。どうかね、とてもシンプルだと思わんかね?」


 老人はソファーに堂々と腰を下ろしたまま、笑顔でこちらに問いかけた。

 どう答えるべきか迷いつつ、話を続けるために言葉を並べようと口を動かす。


「……もしかして、ハンクやアデルに出会ったのもその影響なんですか?」


 二人との出会いは幸運な出来事だと捉えている。

 今、聞いた内容が影響した可能性を否定できない。


「ふむ、ならばわしからも問おう。その二人だけだっただろうか、そなたにとって『好ましい出会い』だったのは」


「それは……たくさんいます。町の人もそうだし、冒険者仲間、王都にいた人たちも優しい人が多かった。いい出会いばかりでした」


 噛みしめるように言葉をつなげていくと、老人は満足そうな表情を浮かべた。

 

「ほうほう、それならば意味があったようだ」


「はい、そうだと思います」


「よきかなよきかな。ところでテオボルト、そなたはマルクに話はないのか?」


 老人は話したいことは済んだようで、テオに話を振った。 

 彼は微動だにせず、少しの間をおいて口を開いた。


「……我からは何もない」


「あの、テオはどうして偉大なる者……この人と知り合いなんですか?」


 俺がテオにたずねたところで、老人が会話に加わろうとした。


「この者は昔から口下手でな。わしから説明しよう」


「……ではそれでお願いします」


 テオの口から聞きたかったが、本人の反応は鈍かった。

 それを見て取ったのか、老人が引き継ぐように話している。


「実はテオはただの飛竜ではなく、竜神なのだよ」


「……竜神?」


 それが意味するところは理解できたが、テオと結びつけることは難しかった。

 変身できる時点でテオが特別な存在であることは想像できる。

 しかし、竜神――神のような存在となれば話が変わってくる。


「そなたとテオボルトが出会った場所は覚えているかね」


「はい、エルフの村の奥にある不思議な空間でした」


 俺と老人が話していると、テオは気まずそうに視線を落としていた。

 大事な内容ではあるようだが、本人からは話しづらいことなのかもしれない。


「テオボルトは人間という種族は嫌いではなく、むしろ関わりを持ちたいと思っておる。しかし、人間はエルフのように長くは生きられない。テオボルトは変わらずとも、人間は老いて生涯を終える。そのような別れを繰り返すのが辛くなったのだよ」


 老人はそこまで話すと、テオの方を見た。

 その視線はどこか温もりを感じさせるようなものだった。

 二人の様子は旧知の友人のようにも見えることに気づく。  


「テオボルトは誰とも関わらずに済むように、自らあの場所に赴いたというわけだ。人としての時間しか持たないそなたには分かりにくいだろうが、異空間が先に誕生して、エルフたちの村が後というわけなのだよ」


 老人は話し終えると、カップを手にして中身をすすった。

 それから、飲み終えたところで話の続きを始めた。 


「……そんな理由があったとは初耳でした」


「ところで興味があるんだが、あそこに引きこもっておったテオボルトをどうやって説得したのか、教えてもらえんか?」 

 

「たしか痛みに効く温泉が――」


 こちらが話している途中で、急にテオが立ち上がった。

 

「マルクよ。そろそろ帰るとよかろう」


「招いたのはわしらだ。それを追い出すような真似はいくらなんでも」


 老人はとがめるような言葉を発したわりには、笑い出しそうな表情だった。

 テオが帰ってほしいのならば席を立ってもよいのだが、どうやって帰ればいいのか分からない。


「……それはそうだな」


 テオは渋々といった様子で老人の意見に同意を示した。 

 そして、何ごともなかったように腰を下ろした。


「あれ、何を話してましたっけ?」


「そなたから、テオボルトを説得した方法について聞いておった」


「あっ、そうでしたね」


 テオの方を見ると、世界の終わりを迎えたように憂いを帯びた顔をしていた。

 あの時のことを知られるのは恥ずかしいのだろうか。

 老人は偉大なる者らしいから、俺が話すまでもなく知っている気もするのだが。


「……おかしいですね。説得するのに精一杯だったみたいで、どんなふうに話したのか思い出せません」


 どうやら、テオの誇りを傷つけてしまいそうなので、適当にはぐらかすことにした。

 老人に見透かされたとしてもしょうがないと思った。


「ふむふむ、そんなもんかのう。この者は頑固故、説得に時間がかかったろう」


「はい、なかなか折れてくれなかったことは覚えてます」


 本当のことを話さなくても老人が楽しそうだったので、こちらも明るい調子を保ったまま話を続けた。

 ここまでの会話を通して、この老人も人と関わりたそうな雰囲気だと気づいた。 

 それはテオだけのことではなかったようだ。


「さて、マルク。此度は急に呼び出して悪かったのう」


「驚きましたけど、この世界のことが知れてよかったです。祝福のことも」


「今回のことはわしらの気まぐれに映るかもしれんが、あまり気にせんでくれると助かる。それと生まれ変わったことに恩義を感じる必要はないでな。あとは好きに生きるとよいだろう」


 俺が呼び出されたのはいくつか理由があったようだが、一番の理由は老人が人と話したかったという要因が大きかったように思えた。

 もしかしたら、偉大なる者も寂しさを感じたりするのかもしれない。


「……我からは取り立てて話すことはない」


 だいぶテオ語に慣れてきたので、語尾に今まで通り頼むという言葉が隠されていることに気づく。

 特別な存在であったとしても、テオに対して態度を変えるつもりはなかった。


「……ところで」


「どうした、わしらに何か伝え忘れたか?」


「どうやって帰ればいいんでしょう?」


 俺の問いかけに対して少し驚いた後、老人はわっはははと楽しげに笑った。


「道ならすぐに開く。そこの扉を出てまっすぐ歩けばよい」


「なるほど、ありがとうございます。それでは……またでいいですか?」


「そうだのう、何か縁があれば会うやもしれん。元気でな」


 本当の祖父のように、優しい顔で見送ってくれた。

 俺はテオに短い言葉を伝えた後、椅子から立ち上がった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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