密漁者との遭遇
話し合いの結果、分岐した細い方の道を進むことになった。
道幅は大人が二人どうにか並べる程度の幅しかなく、自然と一列になっていた。
先頭をハンクが歩き、次いでフラン、俺、最後尾はテオという順番だった。
この一帯は緑が輝くように生い茂っているが、時期によっては雪も降るらしい。
バラムは一年を通してすごしやすい気候なので、ずいぶんと恵まれていることになる。
もっと遠くの地域がどのような気候であるかは、しっかりと調べたことがないので分からない。
「……おっと、考えごとに没頭しすぎた」
曲がりなりにも冒険者の訓練を受けた者として、推奨されない行為だった。
探索や斥候の途中で思案に耽れば、足元をすくわれかねない。
フランがこちらを怪訝そうに見たが、すぐに前へと向き直った。
ここまでの道中も緑が濃かったが、脇道に入ってからは顕著になっている。
コショネ茸は適度な日当たりという例外を除けば、基本的には地球のキノコと変わらないようなので、この調子ならどこかに密集していてもおかしくない気がした。
さらに進んだところで道の先に整備された様子は見えなくなり、落ち葉が散らばる道なき道が先方に続いていた。
道が途切れた辺りでハンクが足を止めたのに合わせて、全員が集合するかたちになった。
「そういえば、前にたくさん採れた時はこんな場所だったな」
ハンクはそう言って道の先を指先で示した。
落ち葉が広がっている場所のことを言っているのだろう。
「もしかして、この辺りに来たのってだいぶ前ですか?」
彼はコショネ茸のことは知っていても、採れる場所について曖昧そうに見えた。
Sランク冒険者だから万能ということがあるはずもなく、十分にありえることだと思った。
「まあ、そうだな。もう少し覚えてたらよかったんだが」
少し照れくさそうに笑うと、ハンクは道の先に目を向けた。
「何か変な感じがするんだよな。この先に誰かいるのか……」
「わたくしもですわ。立ち入り禁止で誰も入れないはずですのに」
「えっ、そうなんですか? 俺は何も感じませんけど」
ハンクとフランは何かを察知しているようだった。
テオも気づかなかったようで、「心配するでない。我も同じだ」と慰められた。
「おれとフランがいれば、ドラゴンが群れで来るようなことでもない限り、危険はないと思うが……念のため、用心してくれよ」
「はい、注意します」
「もしもの時は我も戦おう」
テオの強さが分からず、貴重な移動要員をケガさせないようにと思った。
たしか、剣技に関しては腕に覚えがあると言っていた気もするが。
ここまでと打って変わって空気が引き締まるような感じになったが、ハンクが歩き出すのを合図に移動を再開した。
足元は落ち葉が広がる平坦な道で、比較的歩きやすかった。
整った道ではなくなったものの、体力を消耗する心配はなさそうだ。
今いる辺りも太い幹の木が中心で、木々の間隔は広く感じられる。
ここまでと同じように枝葉が密集しないことで、森の中にしては明るい。
ハンクほどの経験者が言葉にしたということは、何かの気配があるのだろう。
とはいえ、そんな憂いを打ち消すように周囲の景色はすがすがしかった。
少しの間、道なき道で移動を続けたところで、木々の少ない開けた場所に出た。
切り株は見当たらないので、伐採されたというよりも自然にそうなったようだ。
歩きながらキノコの気配を探っていると、ふいにハンクの声が聞こえた。
「見つけた、見つけたぞ!」
「えっ、どこですか?」
ハンクは開けた場所から少し離れた木の根元にいた。
すでにしゃがみこんで、何かを採ろうとしているように見える。
俺とフランは足早に彼のところに近づいた。
「どうだ、見てみろよ」
「おおっ、すごい! こんなにまとまって」
「ここまでの群生、初めて目にしましたわ」
そこには栽培されているかのように、たくさんのコショネ茸が生えていた。
予備知識ではコショネ茸は自然に生えるものだけで、キノコ農家など聞いたことがない。
かなりのボリュームではあるが、天然の恵みと考えてよいだろう。
「さあ、採るぜ! テオも一緒にやるぞ」
「……仕方がない。手伝ってやろう」
テオはそこまで興味はなさそうだったが、ハンクに押されて輪に入った。
それから、四人でひたすらコショネ茸を採り続けた。
「いやー、大量ですね」
俺はハンクの布袋にキノコを詰めながら言った。
自分で食べる分だけでなく、店にも出せそうなことがうれしかった。
「森から戻ったら、わたくしの分も頂きますわよ」
「テオは食べるのか分からねえが、人数で均等割りにすればいいよな」
「俺はそれで構いません」
「ええ、わたくしもそれで」
和やかな場面ではあったが、ふと思い出してしまった。
ハンクとフランが覚えた違和感のことをキノコ狩りの最中は忘れていた。
こうして、熱中する時間ではなくなると頭をもたげることだった。
「……この後は戻るだけですね」
不安を振り払うように、布袋をバックパックに詰めるところのハンクに言った。
「ああ、そうだな」
ハンクは作業を終えると、バックパックを担ごうとした。
そこで、ふいに彼の動きが止まった。
「どうかしましたか?」
「……こいつは」
「誰か来ますわね」
武器は持たないものの、ハンクとフランは身構えていた。
立入禁止のはずの場所にいる者。
もしかしたら、密漁者がいるのかもしれない。
物陰に隠れるのも今更な気がして、実力者二人の動きに合わせて待機した。
それから少しして、俺にも何者かの気配が感知できた。
単独ではなく二人以上で、向こうは足音を隠そうともせずに近づいてきた。
落ち葉を踏み抜く音が徐々に接近してくる。
「――まさかと思ったが」
気配の主が姿を現した直後、ハンクが挑戦的な言葉を投げかけた。
「こんなところで会うとはな、トーレス」
「……そっちこそ、呑気にキノコ狩りか」
その場に現れたのはひと目で貴族だと分かる男、もう一人は明らかに護衛と見られる屈強な男だった。
ハンクは護衛の方の男と視線を交差させていた。
双方の口ぶりは気さくなものだったが、その気配は鋭いものを感じさせた。
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