コショネ茸の発見
俺たちは話を終えたところで再び歩き出した。
青紫の花が咲いている場所は限定的で、しばらく進むうちに見えなくなった。
周囲には太い幹の木々が生い茂り、これまで同じような風景が続いている。
「ここに来るのが久しぶりで、コショネ茸の生える場所の記憶が曖昧だったぜ。多少は遊歩道沿いでも見かけはするんだが、山歩きに来た連中がほとんど採っちまうんだ」
ハンクは口を開いたかと思うと、ぼやくように言った。
たしかにハイキングに来た人たちが多いほど、通り沿いは目につくだろう。
しかし、今は立入禁止になっているので、わりと残っている可能性もある。
「そういえば、コショネ茸ってどんな見た目でしたっけ?」
ここまで名前を何度か耳にしたものの、実物を目にしたことはない。
公都に行った時、市場に出向けば見られたかもしれないが。
「うーん、あれだ。ずんぐりむっくりしたキノコだ。色は茶色っぽい」
「香りがよくて、全体的に肉厚ですわ」
「へえ、なるほど」
香りがよいという部分は地球の日本に存在するマツタケに近いと思う。
ただ、マツタケはそこまでずんぐりむっくりというわけではなかった気がする。
ここに来る前にもコショネ茸についての説明を受けたが、この世界オリジナルのキノコという可能性が高そうだ。
俺とハンク、フランの三人で話しながら歩いていると、テオが道の脇に目を向けているところだった。
やがて木の根元にしゃがんで何かを手にしたと思ったら、こちらに近づいてきた。
「――おぬしたち。特徴を満たすキノコを見つけて採ってきたが、これのことか?」
テオが握りしめているのは茶色い傘のキノコだった。
軸の部分は真っ白で、わりと太さがある。
「……あれ、これってもしかして」
「……んっ、いや、まさかな?」
フランとハンクはテオの手にしたキノコをじっと見つめている。
それから、ハンクが意を決するように顔を近づけた。
「こ、この香りは!?」
「……やはり、そうですの?」
ハンクに続いて、フランもキノコの近くに顔を運んだ。
片手でキノコの周りの空気を仰いで、香りを確かめようとしている。
「これは間違いなく、コショネ茸ですわ」
「なあ、このキノコはどこに生えてたんだ?」
ハンクの問いに対して、こちらが一部始終を見ていたのと同じ場所をテオは指さした。
「……もしかして、あれがコショネ茸ってことか」
いまいちついていけていなかったが、ハンクとフランの反応からして間違いなさそうだった。
テオを含めた全員で木の根元に近づいていく。
「――さすがにそれ一つだけか」
「そう上手くはいかないものですわね……」
二人の反応からして、たまたま残っていただけという意味だと察した。
立入禁止になったとはいえ、以前は人通りがあった場所だろう。
俺が二人の様子を眺めていると、テオが少し奥に入って再び腰を下ろした。
「おぬしたち。ここにもあるではないか」
「……えっ?」
ハンクが呆気にとられるような声を上げた。
そのまま三人でテオの方に近づく。
「まだまだここにも生えておるぞ」
彼の足元にまばらではあるが、コショネ茸が生えていた。
ハンクは素早い動作で近づくと、テオの隣でしゃがみこんだ。
フランも負けじとばかりに同じ場所に近づいた。
「ははっ、二人とも元気ですね」
俺自身はコショネ茸のすごさを口で説明されただけなので、そこまで必死になるほどではなかった。
もちろん、持ち帰って店に出したい気持ちはあるが、実際に食べたことがないこともあり、そこまで実感が湧いていない。
現時点では興味があるぐらいの域を出ていなかった。
「なあ、マルク」
「はい、何でしょう?」
「この量じゃ、おれたちだけで食べたらなくなっちまう。お前の店のことを考えれば、もう少しまとまって採れそうな場所に行った方がよさそうだ」
「気遣いありがとうございます。それなら、別のところも探してみますか」
ハンクはこちらのことを気にしてくれているようだ。
他にも採れる場所があるなら、そこに行ってみるだけの価値はあると思った。
「帰ったら山分けするから、ひとまず預かっておくぜ」
「それは助かりますわ」
ハンクは愛用しているバックパックから一枚の布袋を取り出し、フランからいくつかのコショネ茸を受け取っていた。いつものことながら用意がいい。
「ここは人が通らなかったことで、いつもより多く残ったんだろう。こんなところに立入禁止の影響があるとはな」
ハンクは少しの間だけ複雑な表情を見せたが、すぐにいつもの雰囲気に戻った。
彼はコショネ茸の入った布袋をバックパックに収めて移動を再開した。
それに続いて俺やフラン、テオも後ろを歩く。
「……何かしら。今日の森は雰囲気が違いますわ」
「何か気になりますか?」
「きっと、気のせいだと思いますわ。こんなに人気のないことはありませんもの。何だかおかしな感じですわね」
フランはこちらに対してか、あるいは独り言のように言った。
俺は彼女の言葉に曖昧に相槌を打った。
四人で遊歩道を歩き続けたところで、途中で細い道に分かれて延びているのが目に入った。
主だった道と比べれば心細さを感じさせる雰囲気だが、獣道というほど草木に覆われた様子はない。
「なあ、フラン。こっちだと思うか?」
「うーん、困りましたわね。わたくしも滅多に来ることはなくて、そこまで詳しくありませんわ」
ハンクはそこまで確信があるわけではないようで、フランにたずねていた。
しかし、フランも明確な答えは持ち合わせていないようだった。
「そういえば、コショネ茸は多少日当たりがいいぐらいがよく育つと聞いた気がするんですけど……キノコの仲間なら湿気とか落ち葉が多い方が増えると思います」
この世界でキノコの研究がどれだけ進んでいるか分からないが、今のは転生前の知識を参考にした提案だった。
「……ああっ、マルクの言う通りだな。コショネ茸は日光はないよりもあった方がよくて、土が豊かな環境の方が多く生える」
「あなたは焼肉屋の店主ですわよね? よほどのキノコ好きでもない限り、そんなことは知りませんわよ」
「一応、褒めてくれてるんですよね……」
「馬鹿にしているように聞こえますの?」
「い、いやー、そんなことは」
ハンクはやけに詳しいなと言いたそうな反応で、フランはだいぶ遠回しに認めてくれているように感じた。
転生者であることをひた隠しにする気持ちはなかったが、かといって打ち明けるつもりはなかった。
気づかれるはずないと分かっていても、少し肝を冷やすような場面だった。
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