開かれた門の向こうには
気がつくと先を行くハンクが門の手前にたどり着こうとしていた。
どのみち、フランがいなければ一度目と結果は変わらないはずだった。
「ハンクのやる気ぶりからして、コショネ茸は相当美味いんでしょうね」
「味もさることながら、豊かな香りが最高ですわ。それだけに価格は高くて、隠れて採る者が出るようになったみたいですの」
「デュラスもランスと同じぐらい治安がよさそうなのに、密漁者がいるんですね」
「密漁というのは表向きな理由で、本当は貴族の誰かがコショネ茸を独占するため、入場制限に至ったという話をギルド経由で耳にしましたわ。治安とは別の面で嘆かわしいことですわね」
フランは不快そうな口ぶりだった。
同じ身分である貴族が非道に手を染めることに呆れているのだろう。
耳よりなことを聞いたと思いつつ、そのまま足を進めて門の前に到着した。
ハンクが守衛の一人と気軽な様子で話していると、そこへフランが近づいた。
守衛は彼女に確かめるような目を向けた後、唐突に背筋を正した。
「これはこれはフランシスカ様。こんなところへどういったご用向きで?」
守衛の顔には緊張の色が浮かんでいた。
まさか、こんな山奥に上位貴族であるフランが来るとは思ってもみなかったのだろう。
「この方たちと門の向こうへ行きたいのだけれど、通してもらえるかしら?」
「ははぁー、それはもちろんです」
俺たちが来た時とは異なり、ずいぶん従順な反応だった。
貴族の力、なかなかにすさまじい。
守衛が左右に一人ずつ分かれて、人の背丈よりも少し高い門を開いた。
門は丈夫くて重たいようで、開くまでに少し時間がかかった。
「さっ、どうぞどうぞ」
「開門、感謝しますわ」
フランは身分の高い者特有のオーラを放ちながら守衛たちに言った。
俺たちは旅仲間ということで彼女と気軽に接しているが、もしも赤の他人同士だったら、それなりに気を遣う必要があるのだと思った。
俺たちは足を運んで門の向こう側に移動した。
道の先はここまでと大きな違いはなく、明るい遊歩道といった光景が続いている。
ハイキングを楽しむことはできそうだが、見た感じの印象ではキノコ狩りとの違和感を抱かざるを得なかった。
「おっ、その顔は半信半疑ってところか」
「いやー、キノコというと日当たりのよくない場所にできる感じがして」
「まあ、コショネ茸は特殊だからな。とにかく、中に入れたんだ、先に進もうぜ」
「はい、そうですね」
ハンクは門の前で俺やフランが追いついたことで、自分が先走りがちなことに気づいた様子だった。
ふと気づけば、合わせるように足並みを揃えて歩いている。
「この時期の見所はコショネ茸だけではありませんわ」
近くを歩いていたフランが話しかけてきた。
何かを教えようとしてくれているように聞こえた。
「もしかして、他にも山の珍味が?」
「ふふっ、あなたは食べることがお好きですのね」
「……これはなかなか手厳しい」
フランなりのコミュニケーションだと思うのだが、実際にお嬢様の冷笑を浴びて、彼女が貴族であることを再認識させられた。
もっとも、そんなやりとりは日常茶飯事なのか、彼女は平然としていた。
至高のメイドに頼みごとをされた身としては、この程度で負けてはいられない。
「それで何があるんですか?」
俺は会話をリセットするように、何ごともなかったような素振りで投げかけた。
地道なコミュニケーションは仲間との関係を深める第一歩なのだ。
「このまま道なりに進めば見られるはずですわ。この時期にしか見えないものとだけ言っておきますわ」
「それは楽しみですね」
自然と興味が湧いて、思わず声が弾んでいた。
そんなこちらの反応に応じるように、フランが先導するような足取りで前へと進んだ。
そのまま同じペースで歩いていくと、道の先でフランが立ち止まっていた。
「ほら、この先に――」
「……おおっ、これはすごい」
そこには木々の間の地面を覆いつくすように青紫の花が咲き誇っていた。
背丈はそれほど高くなく、まるで絨毯のように広がっている。
花はあまり詳しくない上に、この世界で何と呼ばれるか分からない種類だった。
地球の花であれば、ブルーベルの花が一番近い種類に見える。
「こいつは見事だな。カンパニュールの花がこんなに咲いてるのは珍しい」
ハンクがこちらの近くに立ち、惚れ惚れとした様子で言った。
テオは表情の変化こそ乏しいものの、花を愛でるような目でじっと見ている。
「それにしても、こんなきれいな花があるのに立入禁止だなんて、もったいない気もします」
「その件だが、守衛と少し立ち話をした時に面白えことを聞いた」
「えっ、何かあるんですか?」
ハンクの顔を見ると、何だか楽しそうに笑みを浮かべている。
人柄はよくても根っからの冒険者であることは間違いないので、何か事件の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。
「守衛たちもしょうがなく、見張りと門番をしているだけで、密漁なんてないんじゃないかって疑ってるぜ」
「それなら、フランも似たような話をしましたよ」
俺とハンクが話していると、花々をうっとりした表情で見ていたフランが会話に加わろうとした。
「ギルドで手に入れた情報では――」
フランは俺に話したことと同じ説明をハンクにもした。
それを聞いた彼は腕組みをして頷いた。
「……何だか怪しい話だな。このまま採りに行ったら、その貴族と鉢合わせるかもな」
「ふふっ、望むところですわ」
「はっ、下手人の捕縛なんて久しぶりだ。腕が鳴るぜ」
盛り上がる二人を眺めつつ、本来の目的を思い出してもらうために口を開く。
「二人なら問題ないと思いますけど、コショネ茸を採取するのが目的なので。そこのところ、よろしくお願いします」
「最近、運動不足でしたのよ。少しぐらい立ち回ってもいいではないですの?」
「マルク、冒険心を忘れるな。お前だって、ギルドの依頼で捕り物をしたことはあるだろ」
「……んっ、あるにはありますけど」
何となく言いくるめられそうな気がするが、二人の勢いを止めきるのは難しい。
張り切ってもらうぐらいなら認めておいた方がよさそうだ。
「まあ、心配するなって。貴族が相手でも偉い貴族の娘のフランがいるわけだし」
「それはその通りですね」
最大の説得材料を提示され、これ以上は時間の無駄だと思った。
「時間がかかりすぎて日が陰ってもよくないですし、先を急ぎましょう」
コショネ茸がどこに生えているか分からないものの、不安を振り切るように歩き出した。
この世界で生まれ育った庶民として、貴族と事を構えると考えただけで胃が痛くなりそうだった。
もしもの時はフランに頼ることになるかもしれない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!