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公都を出発

 昼下がりのテラスでアイスティーを飲みつつ談笑していると、準備を終えたフランがやってきた。

 その格好が独特なもので思わず二度見してしまった。

 彼女は上下草色の衣服で襟つきのシャツと短パンという装いだった。

 冒険者というよりも探検家というスタイルだが、この世界に探検家という概念はあるのだろうか。


「お待たせしましたわ。さあ、出発ですわよ」


「こほん、お客様。お嬢様が美しいからといって、まじまじと見てはいけません」


「いや、よく似合ってるなと思っただけです」


「そうでしたか、それは失礼しました」


 フランにはマティアスがはべっており、こちらの視線に目ざとく反応した。

 人のよさそうな男に見えるものの、フランに近づく悪い虫を排除しようとする姿勢が顕著でやりづらい。

 コショネ茸採取に同行しなければよいのだが……。


「この服は公都の職人に勧められたものですわ。わたくしの体型に合わせてありますから、動きやすくて快適ですの」


 フランは俺とマティアスのやりとりを意に介することなく、身につけた衣服について説明をした。

 テオのように唯我独尊というわけではないが、自分のペースを一貫するような節が見られると思った。


「……馬車というか、交通手段は用意があるので、手配はなくて大丈夫ですよ」


 俺は言葉を選びながらフランに伝えた後、ハンクの顔を横目で見た。

 彼は小さく頷き、それでいいと言っているように思えた。


「あら、そうですの? こちら持ちで構いませんのに……。とにかく行きましょう」


 フランは今すぐ身体を動かしたくて、うずうずしているといった様子だ。

 そんな彼女に目を向けて、ハンクが口を開いた。


「今回は槍はいいのか? 目的がキノコ狩りとはいえ、冒険者が得物なしってことはないだろ」


「それならこの短剣がありますわ」


 フランは肩から提げたポシェットのようなカバンから、一振りの短剣を取り出した。

 短剣といっても刃の幅があるサバイバルナイフのような見た目だ。


「森の中で槍を振ることはできませんから、これを持っていきますわ」


 フランはそう言った後、おもむろに鞘からナイフを引き抜いた。

 妖しく光るブレードからは鋭い切れ味が予想され、高い技術で作られたものであることがすぐに分かった。


「ほほう、いいもん持ってんな。それで戦えるなら得物としては十分だろ」


「公都の鍛冶屋に頼んだオーダーメイドですもの、それは当然ですわ」


 フランは敬意を抱いているであろうハンクに対して自信ありげに言った。

 言いきれるだけの信頼がその短剣にあるのだろう。

 それにしても槍だけでなく、短い得物まで使いこなせるとは。

 

「色んな訓練を受けてるんですね」


「いつでも槍が十全に使えるとは限らないことを想定して、訓練に励みましたわ。よろしければ、お手合わせをしても構いませんことよ」


「……いや、間に合ってます」


 俺が現役だったとしてもCランクで、一方のフランはBランク。 

 実際に試してみないと分からないこともあるが、こてんぱんにやられる未来しか想像できない。

 いつもの武器ではないことで、彼女が手加減を間違える可能性まで考えられる。  

 とりあえず、「不幸な事故」を未然に防ぐためにも遠慮したい。


「フランも来たことですし、そろそろ出発しましょうか」


 さりげなく話題を変えるため、この場にいる全員に切り出した。


「おう、そうしよう」


「そうですわね」


 俺たちが敷地の中を歩き始めると、マティアスとメイドたちがついてきた。

 フランの歩き方も優雅な所作だが、この屋敷の従業員は押しなべて立ち振る舞いが洗練されていると思った。


 門をくぐって敷地を出た後、マティアスたちが一様に礼をしてフランを送り出そうとしていた。


「「「いってらっしゃいませ、お嬢様」」」


「お父さまとお母さまに、よろしく伝えてくださる?」


「承知しました」


 マティアスはフランの言葉に恭しく応じた。

 仕事や立場があるとはいえ、いつもあの対応をしなければいけないのは肩が凝りそうだ。

 もちろん、彼ら全員がそんな素振りを欠片ほども見せない。


 新たにフランを加えた四人で、貴族通りを歩いていく。

 相変わらず豪奢な荷台の馬車が通過したり、いかにも上流階級といった雰囲気の人とすれ違ったりする。


「そういえば、移動手段を言いにくそうにしていましたわね」


「あっ、それなんですけど……」


 どのみち、フランに話すしかないことなのだが、決めかねてハンクの顔を見る。


「この辺りは往来に比べて人も少ないし、話してもいいんじゃないか?」


「それじゃ、俺が説明します」


 周囲の様子に注意を向けつつ、フランにテオが飛竜になってその背中に飛べることを伝えた。


「……えっ、飛竜に乗ることなんて可能ですの?」


 テオが変身できることより先に、そんな質問が返ってきた。

 

「はい、大丈夫で……テオ、重量制限ってどうなってましたっけ?」


 乙女を前にして体重の話を避けるべく、テオに近づいて訊いてみた。


「今回はおぬしらの荷物が少ない故、その女子おなごが肥えておらぬ限りは飛べるはずだ」


「まあ、フランは太っているようには見えないので、心配なさそうですね」


 本人を前にして、肥えてとかいう単語は聞かせたくない。

 気性の荒さと実力がセットになっている人物の機嫌は損なわない方が得策だろう。 

 聞かれてはいないよなと不安になりつつ、フランの姿を確かめると上機嫌にハンクと並んで話しているところだった。

 

「なあ、フランから人気がなくて開けた場所を聞いたから、そこに向かおうぜ」


「はい、分かりました」


 フランのことや他のことで頭がいっぱいで、先のことがお留守になっていた。

 ハンクがフォローしてくれたことに内心感謝した。

 

 それから俺たちは彼女に案内されて、人気のない公園のような場所に着いた。

 貴族たちは家に広い庭があるのでで、わざわざこういった場所に来る必要はないのかもしれない。


「ここなら、あまり人は来ませんわ」


「魔道具で透明になれるんですけど、透明になるところを見られたら意味がなくなってしまうので」


 俺はそう言って、懐から魔道具を取り出した。

 周りに人影はなく、このまま進めても問題なさそうだ。

 

「マルクよ。我は姿を変えるぞ」


「こっちは問題ないので、いつでもどうぞ」


 この場にいる全員で周囲に誰もいないことを確認した後、テオが瞬く間に姿を変えた。

 テオはいつもの調子で、早く乗るがよいと言わんばかりに首を持ち上げた。


 俺はその呼びかけに応じて、人目を気にしながら先頭の部分に乗りこんだ。

 続いてハンクが最後尾に飛び乗り、おっかなびっくりといった様子のフランが真ん中に腰を下ろした。

 俺以外の二人も座ったことを確認して、いつもの装置で魔道具をオンにする。


 すると、テオの姿が透明になるのとほぼ同時に、俺たちの姿も透明になった。


「あっ、うぅっ……」


 後ろの方からうろたえるような声が聞こえた。

 声の主はもちろん、今回が初めてのフランだった。


「大丈夫ですよ。そのうち慣れます」


「……そ、そうですの。わたくしに構わず、出発してよろしくてよ」


「じゃあ、テオ。よろしく頼みます」


 こちらの言葉に呼応するかのように、テオの翼は力強くはためいた。

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