フランの家柄について
目の前の通りを豪奢な荷台の馬車が何度か通過している。
そこはまるで、「庶民お断り」と看板が立っていてもおかしくないような場所だった。
道幅は少し前に通った公都の中心通りよりも広く、馬車が行き来することが想定されているのだと思った。
「ずいぶんきれいな通りですね。ポイ捨てなんかした日には見回りの兵士が飛んできそうです」
「ははっ、ポイ捨てはマズいだろ。たしかに紙くず一つも落ちてないってのは、念入りに掃除がされてるみたいだな」
「少々居心地が悪いですけど、貴族探しを始めますか」
ハンクはさほど臆する様子は見られず、いつも通りの雰囲気で歩き出した。
この場に気後れする感覚を抱きつつ、彼に続いて足を運んだ。
しばらく辺りを見回しながら歩いていると、ハンクが一軒の邸宅の前で立ち止まった。
他の邸宅よりも少しだけ質素な門構えで、いくらか威圧感が弱く感じられた。
広場のように広い庭があるところが続く中、ここは比較的控えめな面積である。
「少し貴族っぽくない家だから、意外と話を聞いてくれるかもしれねえな」
「もしかして、訪問するんですか?」
「ああっ、もちろん。ダメだったら、次に行くだけだ」
飛びこみ営業マンのような姿勢にどこか既視感を覚えたが、そのことは口にせずにハンクを送り出した。
その邸宅から少し離れたところで、テオと共にハンクの戻りを待つことにした。
しばらくして、あまり表情の変わらない様子のハンクが戻ってきた。
「待たせて悪いな。お茶を出してもらっちまって、遅くなった」
「それで感触はどうでした?」
「聞く耳を持ってくれたが、貴族全員があの山に関係してるわけじゃないみたいだ。今の家の貴族はつながりがなくて、立ち入り禁止になった情報もほとんどないんだと」
「空振りとはいえ、役に立つ情報が手に入りましたね」
「さて、次に行くか」
ハンクは前向きな姿勢だった。
この後のお宅訪問も彼に一任するとしよう。
一軒目の邸宅を離れた後、引き続き周辺の路地を散策した。
何か情報はないかと周囲に目を向けていると、中年の男が近くを歩いていた。
散歩かジョギング中のようで、動きやすい服装になっているため、貴族かどうかの判断ができない。
相手が貴族ならば声をかけようか逡巡していると、向こうから話しかけてきた。
「やあ、こんにちは。旅の人がこの通りにいるなんて珍しいね」
「これはどうも、ちょっと用事がありまして」
俺が男と話しているとハンクがこちらにしか聞こえない声で、「このおっさん、貴族みたいだぞ」と耳打ちした。
その一言を聞いた後、懸命に考えを巡らせた。
目の前の男にコショネ茸を採りたいことを話しても問題ないか。
どう切り出したら不審に思われないか。
考えをまとめてから、素直に話してみることにした。
「実は――」
男はこちらの経緯を聞き終えると、なるほどねとあっさりとした様子で言った。
「私はコショネ茸に関心がないけれど、資源保護のために立ち入りを制限したとは聞いている。ただ、何らかの権限が必要となれば、貴族の中でも上位の身分でないと難しいだろうね」
「そうですか、上位……」
ふと会話の途中でデュラスと縁があり、なおかつ貴族の令嬢であるフランの顔が浮かんだ。
彼女の家柄は如何ほどのものなのだろうか。
「令嬢で冒険者のフランという名を聞いたことがありますか?」
「……フラン。もしかして、フランシスカ様のことかな」
「水色の髪と細身の体型で、槍を持ち歩くことが多いかと」
同じ名前で人違いということも考えられるので、端的にフランの特徴を伝えた。
それを聞いた貴族の男は納得したような表情になった。
「それなら間違いない。あの方と顔見知りならば、頼んでみる価値はあると思う」
「ということは、それなりに名家なんですね」
こちらの問いかけに貴族の男は頷いて見せた。
フランは育ちがよさそうな雰囲気ではあったが、実家が名家だったことに驚きを隠せない――いいところのお嬢様だったのだ。
「よっしゃ、いいことを聞いたな。それなら、フランを探せばいいのか」
「最近はこちらに戻られているみたいだから、たずねてみてもいいと思う。ちなみに場所は向こうの方だ。ただ……」
「えっ、何かあるんですか?」
男の緊張するような顔に、恐る恐る質問を向けた。
「デュラス国内に複数存在する貴族の中で、あの方のご実家は上位に入る。くれぐれも失礼のないように気をつけたまえ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
「何だか脅かすようなことを言ってしまったようですまない。礼節を弁えていれば、問題はないと思う。散歩の途中だから失礼するよ」
「引き留めてしまってすみません」
貴族の男は手を振って去っていった。
「偶然とはいえ、有力な情報をゲットできたな」
「とりあえず、教えてもらった方向に行ってみましょう」
有力貴族の邸宅ともなれば、近くへ行けば何か手がかりがあるかもしれない。
あえて言うまでもなく、立派な屋敷であることは間違いないはずだ。
貴族の男と道端で話した場所から移動を続けると、道沿いに一際大きな屋敷が建っているのが見えてきた。
建物の大きさが尋常ではなく、一目で貴族が住んでいることが分かる外観だった。
庭園もありえないほど面積が広い。
「何となくですけど、今まで見た中ではこれっぽい気がしますね」
「これは家なのか? こんなに大きくなくても十分だろ」
ハンクが困ったような笑みを浮かべた。
彼の反応に同意しながら、屋敷の敷地に目を向ける。
「……あれ? あれってもしかして」
「うん? 服装は前と違うが、フランみたいだな」
ハンクの言うように以前のような動きやすそうな格好ではなく、いかにも高級そうなドレスを身にまとっていた。
彼女は敷地から通りに出てくるところだったので、見失わないように早足で近づいていく。
「――フラン、久しぶりです」
俺が声をかけるとフランは驚いた様子で、こちらをじっと見た。
それから、戸惑うように口を開いた。
「奇遇ですわね。こんなところにどうしたのかしら?」
当然ながら俺とハンクがここにいる理由が分からないようで、不思議そうに首を傾けている。
フランの側には執事のような男が付き添っており、藍色の髪を撫でつけたような髪型で黒縁眼鏡と細身の体型が印象的だった。
穏やかな顔を見せつつも、こちらを値踏みするような表情から慇懃無礼な人柄が垣間見える気がした。
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