初めてのイクセル城
特製スープは初めて経験する味で、じっくり味わいながら飲んだ。
それからスープの皿が空になり、しばらく食休みをした後に動ける状態になった。
ハンクは量の多い食事に慣れているようで、俺と同じぐらい食べたわりには平気そうだった。
「いやー、美味かった。トーレスに会ったら、よろしく伝えてくれ」
「公都には短い滞在で? トーレスの兄貴もきっと会いたがると思うんですが」
「今回は野暮用でな。また時期が合えばこっち方面には来るつもりだ。トーレスにもそんなふうに伝えてもらえると助かる」
「へい、そいつはもちろんです」
ハンクと店主のやりとりは見ていて面白かった。
彼の実績と経験を考慮すれば、他の地域にも同じように優れた冒険者として慕う者がいるのかもしれない。
「……お連れの方、あっしの顔に何かついてやすか?」
二人の方を見ていたつもりだが、店主が疑問のあるような顔でたずねた。
誤解があるといけないので、慌てて説明を始める。
「ええと、この店はいい雰囲気ですね。清潔感はありながら家庭的なところもあって、公都にこういうレストランがあるのは素敵だと思いました」
「そいつはありがとうございやす。あっしは盗賊まがいのことをしていた時期がありやして、ハンクの旦那とトーレスの兄貴に道を正してもらいやした。それから、自分にできることを考えてこの店を始めやした」
店主の雰囲気から元盗賊という部分は納得できるところもあるが、今は立ち直っているように見えた。
それに自分の店を持とうとしたということに共感を覚える。
「実は俺も自分で店をやっていて、それで内装やら何やらが気になってしまったというわけです」
「おおっ、そいつぁ、同業者でやしたか」
店主は仲間を見つけたというような喜び方で、さらに表情を明るくした。
「俺はマルクです。よろしく」
「こいつは失礼っ、名乗るのが遅れやした。あっしはルカです」
ルカが手を差し出したので、そっと握り返した。
すると、彼は満足げに微笑んだ。
「意気投合したみたいで何よりだ。それじゃあ、そろそろ出発するか」
「そうですね。話の分かる貴族を見つけないと」
俺たちは席を離れて、店の入り口に向かった。
ルカは見送るためについてきてくれた。
「皆さん、また来てください」
「おう、じゃあな」
「また来ますね」
俺とハンクが別れの言葉を口にした後、静かだったテオがルカの方を向いた。
「店主よ、あの茶は美味だった。褒めてつかわす」
「は、はぁっ、そいつはどうも」
テオの厳かな言葉を受けて、ルカは戸惑っていた。
そこでハンクが助け舟を出すように割って入った。
「旅の仲間なんだが、ちょっと身分の高いお人でな。まあ、気にしないでくれ」
「へい、分かりやした」
信頼するハンクの言葉だからということもあり、ルカは納得するような表情を見せた。
俺たちはレストランを離れてから、ハンクの提案で貴族のいそうなところ巡りを始めることになった。
貴族の誰かが許可をくれるのかは分からないが、山中の門を強行突破したり、不当な手段で侵入するよりかは妥当な方法のように思えた。
「……というわけで、あそこにそびえるのが立派な城なわけですが」
「やっぱり、貴族が集まるといえばこの国の代表格、イクセル城だろ」
ハンクは自信満々といった様子で言った。
左右に天高く伸びる塔、中心には王の威光を示すような象徴的なシンボル。
外壁は薄い白地で目立つ派手さはないのだが、先端の屋根の部分は朱色と橙色を混ぜたような色で色づけされている。
ランス王国の王都にある城と規模に差はないものの、一つの建築物として見映えを意識して建てられたことを見て取ることができた。
「どう考えても貴族は集まりそうですけど、王族の方々に用事はないので」
「まあ、そいつはそうだな。他に貴族の集まりそうなところって言うと……」
ハンクは腕組みをして考えごとを始めた。
ちなみにテオは初めて目にする城を前にして、じっと凝視している。
表情の変化は乏しいものの、内心では胸をときめかせているだろうと想像した。
「ゆっくり考えてもらって大丈夫ですよ。ここなら、城の衛兵に目をつけられることもないでしょうし」
俺たちがいるのは城の近くにある公園のような場所で、他にも観光客のような人たちがいるので怪しまれる心配はない。
栄華を誇る公都――イクセル――を見物しようと各地から人がやってくるのだ。
ハンクが近くの手すりに背中を預けたのを見て、俺は近くの椅子に腰かけた。
テオは夢中で城を眺めているので、そっとしておいた。
ずいぶん立派な城であることは間違いなく、そうなる気持ちも分かる気がした。
周囲の様子や観光客を眺めていると、考えがまとまったと思われるハンクがすがすがしい表情で近づいてきた。
「単純に考えれば、貴族に会いたければ公館のある方へ行けばよかったな」
「なるほど、庶民には足を運ぶという発想がないので、思いつきませんでした」
バラムでは貴族に縁がないし、王都に行った時も貴族との関りは皆無に等しかったため、判断材料に上がることすらなかった。
さすがに身分的な貴賤を無視できるわけではないので、一般人である自分がおいそれと近づきがたいというのも、考えが及ばなかった一因である。
「さて、ここから移動するか」
「テオには悪いですけど、声をかけた方がいいですね」
「迷子って年齢でもないと思うが、放置して行くわけにもいかねえな」
俺が声をかけると、テオはハッとした様子で我に返った。
城に魅了されていたことがなかったかのように、では行くぞと小声で言った。
もう少し見ていたかったようなので、別の機会に城なり景勝地なりに行けるようにしてあげるとしよう。
それから俺たちは城の周辺から公館――貴族の邸宅やら公的な集まりをする建物――が集まる場所へと移動した。
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