ハンクおすすめのレストラン
メニューが一つだけなので、俺とハンクは紙を横向きにして眺めていた。
これが冒険者をしている時ならば、CランクとSランクで肩を並べることなど考えられないので、慣れというのは恐ろしいものだと身震いしそうだった。
「どうした、腹でも痛えのか?」
「いや、珍しい料理が多いなーと……」
「そうか、それならいいが。ちなみにここの支払いなら気にしなくていいぞ。おれの知り合いがこの店の常連でな。そいつのツケで問題ねえ」
「えっ、それって大丈夫なんですか……?」
俺が戸惑いながらハンクに言ったところで、先ほどの店員が再びやってきた。
その手にはグラスが握られており、薄く色のついた飲みものが入っている。
彼はそれをテーブルに置いてから、ハンクに差し出した。
「旦那、久しぶりです」
「おう、気づいてねえのかと思ったぞ」
「前にいらした時はトーレスさんが一緒だったので……」
「果実酒か?」
「前に何度か飲まれてたんで、そいつはサービスです」」
ハンクはよく覚えてるなと言いながら、グラスを手元に引き寄せた。
「そのトーレスという人がハンクの知り合いなんです?」
「そうだ。そいつもマルクと同じで元冒険者で、今はデュラスで貴族の用心棒をしてる」
「それで、その人のツケにするっていうのは……」
飲食店を経営する者として、安易に乗っかってもいいものか決めあぐねた。
探るように店員の顔に視線を向けた。
「そいつは構いません。トーレスさんにはお世話になりましたし、そのトーレスさんが認めた方とあれば。それにうちのツケぐらい物の数に入りませんって、貴族に仕えるとずいぶん儲かるようですよ。ついでに言っとくと、あっしがこの店の店主です」
店主は悪事を企むような表情を作った後、おどけたような調子を見せている。
ふざけているようでも、貴族に仕えているという部分は信ぴょう性が高そうな話だった。二人で口裏合わせをする理由も思いつかない。
「まあ、それはそれとして、注文は……そういえば、前はおすすめを頼んでたな」
「それでよければ、適当に見繕って出しやしょう」
「じゃあ、俺もそれで……あと、この人は少食なので、何か飲みものを」
「へい、承知です。少々お待ちを」
テオは会話の輪に入らず、退屈そうにしていたので、代わりに頼んでおいた。
彼の分まで料理が出てきたら、残してしまいそうだと思った。
注文が済んだところで厨房の様子が気になり、店主が歩いていった方に視線を向ける。
突き当りの壁の奥に入り口があり、そこが厨房だと判断した。
調理担当は別にいるようで、注文を伝え終えたと思われる店主が戻ってきた。
ハンクに会えてことがうれしかったみたいで、表情が緩んでいるように見える。
それからしばらくして、店主が料理の乗った皿を持ってきた。
彼は丁寧な動作でテーブルに皿をおいた後、親しげに口を開いた。
「まずこいつは、ルモワ川で採れた貝の白ワイン蒸しです」
そう説明された貝はムール貝に似た見た目だった。
川で採れる貝をこんなふうにして食べられるというのは新鮮な感じがする。
できたての蒸し料理ということもあり、魚介と酒の香りが湯気と重なって漂う。
「次の料理までもう少し時間がかかるんで、温かいうちにどうぞ」
店主はいい加減そうな見た目とは裏腹に仕事ぶりは丁寧だった。
第一印象――軽薄そうな男がギャルソンエプロンで体裁だけを整えた給仕人――について改めた方がよさそうだ。
彼はこちらのことなどつゆ知らず、人数分の食器を用意して運んでくれた。
「この皿には食べ終えた貝殻を入れてください」
「ありがとうございます」
店主は俺たちの席への対応が終わると、他の席の対応に向かった。
店の規模はそこそこでお客の数は数組。
俺自身が一人で店を回すことが多いので、彼の動きを思わず目で追っていた。
「なあマルク、早速食べようぜ」
「あっ、はい……」
ハンクに呼びかけられて、料理の方へと向き直る。
何か参考になることはないかと思い、無意識に店主のことを眺めてしまっていた。
自分の分の取り皿を引き寄せて、貝の白ワイン蒸しを食べ始めることにした。
片手で貝を持ち、反対の手でフォークを手にしながら、中に詰まった身を取り出す。
作りたてで貝に熱が残っていて、やけどしないように注意しながらの作業だった。
「けっこう、肉厚ですね」
「ああっ、美味いぜ!」
ハンクはすでに食べ始めていた。
ちなみにテオは出された飲みものをちびちびと飲んでいる。
「俺も早速……」
フォークに刺した身を口の中に運んだ。
控えめに残る白ワインの香りと濃厚な塩味、貝のぷりぷりとした食感が広がる。
予想したよりも臭みはほとんどないため、淡水の貝であることは言われなければ分からないだろう。
「旦那のお連れさんも気に入ってもらえたみたいで何よりです」
店主は新しい料理を運んできたところだった。
「はい、美味しい貝ですね」
「この辺りじゃ定番の料理なんですよ。デュラスは海が遠い分、川や湖で魚介類を手に入れるしかなくて」
彼の手を止めてしまわないように、目線で促してテーブルに置いてもらう。
「こいつはジャガイモのフリットです。揚げたてなので、温かいうちにどうぞ」
「これも美味しそうですね」
ぶつ切りの揚げたジャガイモの上にスパイスやケチャップ、スパイスやチーズが乗っている。
付け合わせにすぎないフライドポテトというよりも、一つの料理としてのこだわりが感じられる一品だった。
「そういえば、こんな料理もあったな」
ハンクはそう言って、本人の皿にジャガイモをいくつか取り分けた。
まだまだお腹が満たされていないのか、とても素早い動きだった。
こちらは遅れてジャガイモを自分の取り皿に移していく。
取り分け終えた後、フォークに刺して一つつまんでみる。
口の中にサクサクとした食感とケチャップやスパイスの香りが広がった。
酸味と辛味のバランスが心地よい。
ここまで出てきた二つ料理はどちらも美味しかった。
なかなかの味に満足しつつ、貝とジャガイモを交互に食べていく。
「――ふぅ、お腹いっぱいだ」
やがて満腹になり、お腹が重たく感じた。
普段は腹八分で控えておくので、余計に苦しく感じる。
「ジャガイモは重くなりやすからね。昼食の締めにどうぞ」
「……これは」
スープ皿に入って出てきたのは緑色の液体だった。
少しの間、目を見張るように見たものの、それがパセリやホウレンソウなどの野菜由来の色だと気づいて、何となくどういう料理であるかを悟った。
「野菜にハーブ、少量のワインを入れたスープです。胃に優しい上に消化を助けてくれるので、重たい料理を食べた後にはぴったりですよ」
恐る恐るスープに口をつけると青臭いということはなく、さわやかな風味が鼻を通り抜けた。
貴族に話をつけてコショネ茸を採るという目的はもちろんだが、食べたことのない料理を食べることはいい経験になると実感した。
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