華やかな街並み
「……これはすごい」
ランス王国の王都とはずいぶんと雰囲気が違った。
全体的に華やかな印象を受ける。
橙や薄い桃色、茶色の外壁の建物が並んで、豊かな色彩に目を奪われる。
どの建物も空に向かって屋根を突き出すように先が細くなるような造りで、その統一感は景観を意識して建てられていることが想像できた。
今いるのは城壁をくぐった先の通りで、前方には小さな広場があり、隣接する花壇には色々な種類の花がびっしりと植えられている。
こちらはこちらで街に彩りを与えるような美しさがあった。
街の様子に目を向けていると、ハンクが近づいてきた。
「ランスの王都は質を重視したような街の雰囲気だが、公都は貴族が多いから、見た目重視の街づくり……だったか」
ハンクは大まかな説明をした後、人づてに聞いた話だがなと付け加えた。
「ふむ、なかなかに美しい」
公都の街並みはテオの琴線に触れたらしく、感心するように周囲を眺めていた。
表情の変化は乏しいので、彼の内面については想像も含まれる。
「貴族探しもいいですけど、そろそろお昼時ですかね」
「少し早い気もするが、もう食べてもいいだろうな」
ハンクは呼びかけに応じたものの、基本的に少食派のテオは鈍い反応だった。
会話に加わらず、動こうとしない。
「公都に来た回数はそんなに多くないが、前に紹介してもらった店はわりとよかったぜ」
「まずはそこに案内してもらっていいですか?」
「もちろん、任せてくれ」
俺たちは食事のできる場所を探すために移動を開始した。
初めて王都に行った時は人通りの多さに驚いたものの、公都にはそこまで密集しているような様子は見受けられない。
それ以外では、どことなく気品溢れるような通行人が多い気がする。
服装にこだわりを感じられる人が多いせいか、冒険者仕様の装いで歩くのは少しばかり気恥ずかしい思いになる。
「何だか、上品な人が多いですね」
「お高くとまってるとまでは思わねえが、公都に住むことがステータスだったり、洒落た街に住むことで品性が底上げされるんだろ。おれはちょっと苦手だな」
「ははっ、そうなんですか」
ハンクの苦笑いする様子が面白くて、思わず笑ってしまった。
たしかに洗練された都会よりも、ギルドの依頼や冒険が隣り合うような小さな町の方が似合う。彼はそんな印象だ。
ハンクに案内されながら、華やかな街の中を通り抜けていく。
その途中で一軒のレストランが目に入り、思わず店の入り口まで近づいた。
「おおっ、この店構えでこの値段……」
街並みに釣り合うようにこだわりの見られる外観だが、高級店というほどではない印象の店構えだった。
しかし、そんな印象にもかかわらず、メニューに書かれた値段に衝撃を受けた。
「マルク、どうかしたか?」
思わずレストランの前で固まっていると、ハンクが不思議そうに声をかけてきた。
「……いや、けっこうするなと思って」
「ああっ、そういえばそうだったな」
ハンクの反応はこちらと異なり、とてもあっさりしたものだった。
彼は現金主義ならぬ、現金を持ち歩かない主義なので、金銭のことには執着がほとんどない。
そのため、金額の大小への反応も薄いのだろう。
ちなみにお金という概念のない世界からやってきたテオも似たような反応だった。
彼に至っては物見遊山を楽しむように、周囲の様子に目を向けている。
「おれが行こうとしてる辺りは庶民的な店が多いから、そこまで心配はいらねえって。大きな通り沿いは貴族連中も来るから、高級な店が多いって話だぜ」
「なるほど、納得です」
ハンクの話を聞いて合点がいった。
このレストランもそういった店に含まれるのだろう。
外観に高級感を醸し出すとしても、やり方を間違えると成金趣味になりかねず、貴族の不評を買ってしまう可能性がある。
かといって、野暮な雰囲気では寄りつかなかったり、もっと品格を出せと言われたりするのではないだろうか。
ほとんどが想像の域を出ないものの、高貴な客層を相手にする難しさを知ることができた気がした。
「どうだ、気は済んだか?」
「はい、行きましょう」
俺はちらりと店の中を覗いて、身なりの整ったお客がいることを確認した後、先を進むハンクの後に続いた。
城壁の近くには洗練された街並みが続いていたが、路地をしばらく進むうちに建物の雰囲気が変わっていた。
発展を遂げている国の首都ということもあり、多層階の建物が多く見える。
ただ、中心通りの建物のように色彩豊かということはなく、外壁の色は控えめなものが大半だった。
先ほどの華やかさとの対比が気にかかり、ハンクに声をかける。
「この辺りはだいぶ普通な感じですね」
「公都もよそと同じで、端から端まで立派ってわけじゃねえんだ。庶民の暮らすような雰囲気の場所もあるってわけよ」
「王都も同じでした。さすがに王都の主要な通りはあそこまで華やかということはなかったですけど、多少は貧富の差があったり、大きな家もあれば小さな家もあるという感じだったと思います」
当然ながら、ハンクはランス王国の王都に行ったことがあるようで、こちらの言葉にそうだなと頷いた。
「おっ、たしかこの辺りに目当ての店が……」
ハンクはふいに背筋を伸ばして、辺りを見回した。
どうやら、行くつもりの店が近いようだ。
「ああっ、あそこだ」
指で示された先には庶民的な雰囲気のレストランがあった。
その建物は二階と三階部分は住宅で、一階が店舗という造りだった。
「高級って感じではないですけど、小ぎれいでいい雰囲気ですね」
「うんうん、そうだろ」
ハンクは満足げに表情をほころばせた。
俺たちは足を止めることなく、そのレストランに足を運んだ。
テオも特に異論はないようで、そのまま店の中についてきた。
「いらっしゃいませ。空いてる席ならどこでもどうぞ」
「おおっ、ありがとな」
気さくな雰囲気の店員に促されて、店の奥のテーブル席を選んだ。
俺たちが席についた後、同じ店員がメニューを持ってやってきた。
「注文が決まったら呼んでください」
店員が立ち去ると、俺とハンクはメニューに視線を向けた。
一方のテオは初めて外国に来た外国人のような様子で、店内の様子をしげしげと眺めていた。
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