公都イクセルへの道のり
テオにもう少しいい気分を味わわせてもよかったが、茶番であることが露見すると色々とまずいので、俺とハンクは目配せをして守衛たちの前から立ち去った。
門の前を離れたところで抜け道などがないかを確かめてみたものの、左右に背の高い鉄柵が続いて通り抜けるのは難しそうだった。
さらに歩いてから後ろを振り向くと、守衛たちの姿は小さくなっていた。
同じことを考えていたのか、ハンクも後ろを振り返ったところだった。
それから正面に向き直った俺たちはどちらともなく笑い出した。
「いやー、傑作だった。あんな簡単にだまされて、デュラスの守衛はあれでいいのか。はははっ」
「なかなかの機転でしたね。これからどうしましょう」
「ほとんど思いつきだからな。あんまり先のことまでは考えてねえ」
「おっ、それは困りましたね。デュラスといえば、フランがいると思いますけど、そう上手いこと見つかるかどうか」
貴族の令嬢かつハンクを尊敬しているようなので、彼の口添えがあれば書状なり同行なりを引き受けてくれる可能性は高いような気もする。
ハンクが俺の話を聞いた後、何かを考えるような表情を見せながら口を開いた。
「そうか、フランがいたか。ただまあ、デュラスといっても広いからな」
「案外、Sランク冒険者であることを打ち明ければ、貴族の中の一人ぐらいは協力してくれそうな気もしますけど」
デュラスの貴族たちがどんな人たちかは想像できないが、ランスの貴族たちと同じような雰囲気なら、威張りくさるような下衆ではないはず。
個人的にそうであってほしいという願望も含まれるが――いわゆる希望的観測というやつだ。
「どうだろうな。デュラスには何度か行ったことがあるが、残念なことに貴族の知り合いはいねえんだ」
「それで、次の目的地はどうしましょう」
「貴族探しなら、公都イクセル一択だろ。この国で一番大きな都市だし、人も情報も何でも豊富にある」
「それで構いません。テオへの案内はどうします? 俺は距離とか方角が分からないので、ハンクから教えてほしいですけど」
「それなら問題ねえ。おれに任せてくれ」
肝心のテオの様子に目を向ける。
守衛たちの持ち上げるような応対の余韻があるようで、涼しげな顔つきで足取りは軽やかに見える。
「次の目的地まで乗せてほしいんですけど、お願いできますか?」
俺が話しかけると、テオは今までの中で一番反応がよかった。
無表情なことが多い彼だが、少しばかりにんまりとした表情が窺える。
「よかろう。この国の公都までだな」
「方向とかはハンクから聞いてください」
「うむ」
テオはわずかに頷いて、こちらからの申し出を了承した。
ここから麓までとなると距離がありそうで、その上にそこから公都までとなると、移動時間が長くなりすぎてしまう。
考えるまでもなく、テオに乗せてもらうことが最短ルートだろう。
それから来た道を引き返して頭上が開けた場所に戻ると、俺とハンクは飛竜の姿になったテオの背中に乗った。
今回は飛行中にハンクが行き先を指示するため、ハンクが前に俺が後ろにという並びになっていた。
もちろん、魔道具を操作して透明になることも忘れずに。
テオが浮上を開始して十分な高さになったところで、ハンクが大まかな指示を出しているのが聞こえた。
こちらに話していたのと同じように、方向さえ間違えなければ問題ないと伝えている様子だ。
二人のやりとりが終わったようで、少ししてテオが移動を開始した。
ご機嫌だったようなので少し速すぎる気もするが、鞍の取っ手を握っていれば振り落とされそうになるほどではなかった。
眼下の景色はしばらくの間、森林が続いた後、少しずつ開けた土地になった。
木々が生い茂っていたのが草原に変わり、視界に入る建物の数が増えていった。
牧畜が活発なようで何度か牧場の上を通過して、牛や羊が飼われている様子を捉えることができた。
ハンクとテオは途中途中に飛行の微調整をしているようで、思い出したように会話を続けていた。
テオは飛竜になった時にテレパシーみたいな能力で話すため、こちらにはハンクの声だけが聞こえる状態になっている。
少しばかり飛行時間を長く感じるようになった頃、前方の景色に変化が見られた。
街道が十分に整備されたものに変わり、関所や砦らしきものが目に入った。
するとそこで、前に座るハンクから声をかけられた。
「もう少し先にイクセルがあるんだが、目立たなくするために、テオには手前の人の気配が少ない場所に下りてもらう」
「分かりました。いよいよですね」
「そういえば、イクセルは初めてだったか?」
「はい、今回が初めてです」
ハンクはこちらの言葉に頷いた後、急に静かになった。
そして、短く返事をするように言った後、こちらを向いた。
「マルク、テオがこれから下降するってよ」
「分かりました」
途中まで水平だったテオの背中が徐々に傾いていった。
そのまま高度が下がっていった後、周りを草むらに囲まれた場所に着陸した。
「……ええと、周りに人影はなしっと」
テオの背中から下りた後、周囲を確かめてから透明な状態を解除した。
目の前に飛竜の姿が見えたのも束の間で、すぐに人の姿になった。
「さあ、イクセルまであと少しだ」
「はい」
ハンクが先導するように道の方に歩き出した。
俺とテオはそれに続くように足を運んだ。
人気がなかったのもわずかな時間で、街道に出ると通行人の数が多くなった。
さすがにこれだけの人がいるところで、飛竜が飛んでいたらら大パニックになることは想像するまでもない。
そのまま進み続けると、前方に左右に広がる立派な城壁が見えてきた。
ランス王国では王都にしかないような規模のものだ。
やはり、公都イクセルは相当なものだということだ。
ふと、重要なことに気づいてハンクに声をかける。
「城壁の内側へ入るのに手続きはいりますか? テオの身分は証明できないので、それが必要となると困りそうですけど」
「心配いらねえ。門には警備の兵がいるにはいるが、よほど怪しい身なりでもない限りは呼び止られることはないぞ」
「それなら安心です」
ハンクの答えを聞いてから、そのまま城壁の方へと進んだ。
彼の言う通り、防具に身を包んだ兵士が一定の距離を保った状態で、周囲に目を光らせていた。
イヤな汗が吹き出しそうだったが、何ごともなく通過することができた。
城壁の下をくぐった先には、初めて目にするイクセルの街並みが広がっていた。
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