閉ざされた採取地
ハンクの促した方向に向かって、三人で歩き始めた。
彼の表情が固く見えたのは束の間で、すでに普段の様子に戻っていた。
テオはいつの間にか人の姿になっており、物静かに歩いているところだった。
この辺りがデュラス領ということなら異国に来たわけになる。
だがしかし、誰かとすれ違うことはなく、それを示すものがあるわけでもないので、いまいち実感が湧かなかった。
ハンクの話ではハイキングを楽しむ人はそこそこいて、そのついでにコショネ茸を目当てに来る人が全体の何割かいるらしい。
この瞬間には見る影もないものの、人の出入りを証明するように足元は踏み慣らされた形跡があり、山奥のわりには比較的足場がいい。
「そういえば、言ってなかったが、さっきの開けた場所が目的地から一番近くて、それでもあそこから多少歩く。本当は真上から直接行けたらいいんだが、木が覆い被さるような場所でテオがケガでもしたらよくねえからな」
三人で適当な距離を保ちつつ歩いていると、ハンクが思い出したように口を開いた。
その言葉を聞いたテオがわずかに反応を見せた。
「ふむ、我を気遣うとは殊勝な心がけだ。褒めてつかわす」
「そうか、ありがとな」
「むっ……」
テオが素直ではないながらも感謝を述べたように聞こえたが、ハンクは何でもないというような返事をした。
それを耳にしたテオは屈辱を受けたように表情をわずかに歪めた。
「……素直になれとか言ったら逆効果、だろうな」
俺は二人に聞こえないよう、小声でぼそりとつぶやいた。
テオのことを理解できるようになるまで、もう少し時間がかかりそうだと思った。
「それにしても、この森は明るいですね。木々の間が広い上に枝と枝が密集してない分、上から日光が入りやすいみたいで」
「ああっ、それはコショネ茸とも関係ある話だな。あれはキノコにしては珍しくて、じめじめしすぎる場所には育たないらしい。だからって、平地で生えることもないみたいで、この辺りでしか採れねえってわけだ」
「へえ、それは珍しい。キノコといえば日陰と湿気が適している印象です」
「もう少しすれば、コショネ茸が採れる場所に通じる門がある。そこに着いたら、その先はそこまで時間はかからねえはずだ」
テオが着陸したところから、それなりの距離を歩いていた。
空気がさわやかで歩いていて気分のいい道だが、今回の目的はコショネ茸を採取することである。
店でお客に出すのもいいし、自分で食べてみるのも楽しみだった。
それからいくらか進んだところで、前方にある門のようなものが目に入った。
そこには門番のように守衛の男が二人ほど立っている。
さらに近づいてみるとその門が閉ざされていることが分かり、こちらの存在に気づいたように片方の男が顔を向けた。
「君たちは山歩きか? ここから先は通れないから、引き返しなさい」
男の言葉そのものは丁寧だが、有無を言わせないような威圧感があった。
この辺りは今回が初めてなので、多少はこの土地を知っていそうなハンクに対応を任せることにした。
こちらが何かを言うまでもなく、ハンクは一歩前に出た。
「なあ、立ち入り禁止なんて、何かあったのか?」
「コショネ茸を密漁する者が現れて、当面の採取を禁ずることになった」
「いやー、そこを何とかしてもらえねえか」
ハンクは怯むことなく、粘りを見せ始めた。
腕っぷしに頼れば彼を倒せる者などいないはずだが、あくまで冷静に話し合うつもりのようだった。
「ここまで来てもらって悪いが、これも決まりなのだ。貴族の方々が資源保護のためだとおっしゃられたら従う他あるまい」
「おっ、そういうことか。貴族の連中が納得すれば、入って問題ねえってところだな」
「うん? そうなることも起こりうるだろうが。貴族の方々を説得などとは無謀だぞ。それと口を慎んだ方がいい。連中とは不敬ではないか」
ハンクは軽い調子でいけねっと言って、頭をぽりぽりかいた。
そこで意外な人物が一歩前に踏み出した。
「……ほう、不敬と抜かすか。我を通さぬこともまた不敬であると理解しての物言いだろうな」
「んっ? こちらの御仁は貴族? それともどこか名家のお方か?」
古めかしい服装に厳かな物言いという組み合わせが功を奏したのか、ハンクと問答を続けていた兵士は首を傾けた。
もう一人の兵士は二人もやりとりに必要ないと判断しているのか、持ち場を動かずに静観している。
「……テオ、ナイス」
「えっ?」
ハンクはかすかに聞き取れるような声を出した後、テオと兵士に割って入るように話し始めた。
「この方は高貴な身分でな。今回はお忍びで身分は明かせねえ。デュラスのコショネ茸はさぞかし美味だと聞かれて、御自ら採取に足を運ぼうという優れたお心をお持ちの方だ」
「……うっ、ああっ……これは失礼しました。お前も知らん顔している場合か」
静観していた方の兵士もまっすぐにテオの方を見て、兵士は二人とも頭を下げた。
いやはや、これでいいのだろうかと思いつつ、うかつなことを口走ってしまわないように様子を見守ることにした。
「せっかく足を運ばれたのに申し訳ありませんが、無断で人を通したとあれば、我々の立場が危うくなります故」
兵士の態度がぐるっと一回転して、敬語を使うようになっていた。
テオが特別な存在だとしても、貴族ましてや王族でもないことを知っている身からすれば、半ばこっけいにすら見える光景だ。
「よしっ、そうだ。本来ならダメだろうが、貴族のれんちゅ……方々の許可があれば、中に入っても問題ねえだろ?」
「……それはもちろんです。正式な書状、もしくは貴族のどなたかが我々に顔を見せにいらしてくだされば」
「それで十分だ。じゃあ、おれたちはデュラスの街に向かうとするか」
「そちらの身分の高い方と引き返すなら、モンスターに気をつけた方がよいかと。人の出入りが少なくなって、普段は顔を出さないような種類が出歩くことがあります」
兵士は気を配るような言い方だった。
完全にテオが特別な身分だと信じてしまっている。
せっかくの機会なので、楽しい茶番に乗っかっても悪くはないだろう。
「この男は護衛として雇われたSランク冒険者。並のモンスターなどものともしない」
「……何とそこまでの護衛がお伴とは。度重なる無礼をお許しください」
「……マルク、いや。この方は寛大だから、その程度のことでお怒りにはならねえよ。懐の深さに感謝してもいいのかもな」
「ありがとうございます」
兵士は深々と頭を下げた。
だましていることへの罪悪感はあるものの、面白さも半分以上ある。
テオは兵士に身分の高い人と認識されたことで、どこかまんざらでもない様子だった。
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