キノコの採れる場所
鞍の取っ手を握っているといくらか不安は和らいだ。
テオが初めて飛んだ時よりも速度を上げているものの、慎重に動いてくれているようで、大きな衝撃などはなかった。
バラムから空の上を移動するうちに、眼下の景色が平野から山間部へと変化していった。
広大な森林と間を縫うように走る街道が地面に伸びている。
あまり来る機会がない場所ということもあり、地図と一緒に眺めない限りは詳細な位置は分かりかねた。
「この辺りはランス王国領だと思いますけど、目的の場所まではまだまだ先ですかね」
「キノコが採れるのはデュラス内の土地だし、もっと山奥に入らねえと」
「デュラスが同盟国でよかったです。この方法だと思いっきり、勝手に入国したことになりますから」
「まあ、おれたちの姿が見えるわけじゃなし、気にする必要はねえだろうよ」
ハンクはさして気にする素振りのない様子で言った。
近隣では入国に気を遣う必要があるのはベルンぐらいなので、もっと遠い国に行かない限りは支障はない。
前方に広がる薄雲の浮かぶ青空を眺めていると、国境など取るに足らないと思えてしまうのは不思議な気持ちだった。
町を離れてしばらくは山林地帯が続いていたが、途中から土地が開けたようになり、平らな地面が続いているのが見えていた。
どうやら、この先は盆地状になっているようで、森しかなかった場所に比べると、民家や建物が増えている。
「もしかして、デュラス領に入りましたか?」
「おれも空の上から見るのは初めてだが、位置的にそれっぽいな。テオが向かってるところだと思うが、この先の山の中が目当ての場所だ」
ハンクの言葉を聞きながら、真下に広がる景色を眺める。
バラムから離れた土地ということもあり、建物の雰囲気も違って見える気がした。
「……静かですけど、大丈夫ですか?」
俺はテオの背を軽く手でぽんぽんと叩いて、恐る恐る声をかけた。
わずかな時間をおいて、テオが反応するように首を持ち上げた。
(うむ、大丈夫だ。正確な距離と方向を維持しようとしていたら、集中しすぎてしまった)
テオの声はどこか弁明するような響きが含まれるように聞こえた。
普段は傲慢に見えるような態度を取りがちなのだが、目的地まで距離がある上に全身が透明とあっては、いつもほどの余裕はないのだろう。
そんな彼の様子が微笑ましく思えた。
一定の速度で盆地のような辺りを通過すると、眼下に見える景色はどこまでも広がる森の木々と起伏のある地形になっていた。
バラムから近い距離にあるアスタール山よりも緑の気配が濃く、地上から歩いて通るのは大変そうな場所だった。
(マルクよ。もう少しで目的地に到着する。これから我は下降する故、注意するようにハンクに伝えるがよい)
「あっ、分かりました」
(……それでは任せた)
テオが一方的にも受け取れるような伝え方をした後、彼の身体が徐々に傾いていくのを感じた。
鞍の取っ手を掴んだまま、着陸態勢に備える。
透明になっている影響で詳しい状況は分からないものの、着陸地点に向かっていることだけは理解した。
「……テオが下降するみたいなので、落ちないように気をつけてください」
「おおっ、問題ねえよ。そろそろ、目的地だと思ったところだ」
テオを含めた三人は透明なため、心細くなってもおかしくないはずだが、ハンクはこの状況を楽しんでいるような声の調子だった。
途中の景色がきれいだったことは認められるものの、斜めに地面に向かっていく状況はなかなかに肝が冷える。
「なあマルク、あそこが見えるか?」
下降の恐ろしさで背筋に冷たいものが走りかけていたが、ハンクの声で我に返った。
「……あのぽっかり空いた場所ですか?」
「ああっ、そうだ。テオにはあそこへ着陸してもらうんだが、おれと一緒に周りに人がいないか見てくれ」
「はい、分かりました」
完全に透明になっているので、少しぐらい人がいても平気な気はするが、ハンクの指示ということもあり素直に従うことにした。
森の中まではよく見えないものの、空いた部分の周りに人影は見えなかった。
「どうだ? おれはいないと思うんだが」
「そうですね。こっちで見た感じでも誰もいません」
「おしっ、それなら安心だな」
ハンクと確認を終えた後もテオは下降を続けた。
そして、テオは部分的に開けた場所へと着地した。
テオが動きを止めた後、地面の状態を目視で確かめてから、ゆっくりと飛び下りる。
「――周りに人はいないみたいです」
俺は周囲をよく観察してから、ハンクに報告した。
彼はそれを聞き終えた後、こちらに視線を向けた状態で口を開いた。
「それじゃあ、テオを見える状態に戻してもらえるか」
「……はい」
ハンクの言葉に応じるべく、衣服の懐に手を入れる。
うっかり落とさないように注意しながら、リモコンもどきの操作を始めた。
オンとオフを司る部分を一回だけ押しこんだ。
すると、見る見るうちに透明なままのテオが姿と影を取り戻した。
テオから離れていた俺とハンクは魔道具の対象から外れていたようで、すでに透明ではなくなっていた。
今いる場所は森林浴の途中に休憩をするための場所だろうか。
座って休めるような木製のベンチやテーブルが置かれている。
頭上が開けているぶんだけ日当たりがよい。
エルフの村に行った時、木々が生い茂る場所が多かったが、この辺りは同じように森であっても雰囲気が違うようだ。
一本一本の木の幹が太く、存在感を主張するように立派だった。
それぞれの木が大きいことで密集することなく、森の中も日の光が入りやすいようだ。
「さあ、こっちだ」
「今、行きます」
周囲の光景に目を向けていると、ハンクに呼びかけられた。
見たことのないものばかりで、集中していたようだ。
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