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新たな旅路

 ハンクと話しているうちに夕方になり、彼と別れてから外で食事を済ませた。

 帰りがけに共同浴場へ立ち寄ると、自宅に着いた頃には夜になっていた。

 

 アデルはセレブめいたところがあるので、今でも気後れしがちだが、ハンクは誰にでも気さくで話しやすい。

 Sランク冒険者にもかかわらず、偉ぶらない態度に好感を持っていた。


 そんなことを考えつつ、部屋の中で荷物の準備を始めた。

 初めて行く場所なのでショートソードは必須。

 コショネ茸を持ち帰るための袋も持参した方がいいだろう。


「テオに乗れるなら、着替えは少なくてもいいか」


 衣服や肌着は一組か二組あれば事足りそうだ。

 今までは遠征するたびに移動に時間を費やすことが多かったので、移動時間を短縮できるのはありがたいことだった。

 こうして、用意する荷物の量を減らすことができる。


「まあ、だいたいこんなところか」 

 

 一通りの荷物を揃えてから、カバンの中に収めていく。

 最後に一度だけ確認した後、明日に備えて眠りにつくことにした。




 翌朝。身だしなみを整えて、簡単な朝食を済ませると、用意しておいたカバンを担いで外に出た。


 バラムは季節の変化が少ないとはいえ、多少は暑い日と寒い日の違いはある。

 今日はいつもより陽射しが強いようで、通りの石畳から照り返しを感じた。

 朝の時点でこの様子ならば、昼頃には暑くなりそうだ。


 町の中をしばらく歩いて、あまり人が立ち寄らないような外れにやってきた。

 手入れがされるような場所ではなく、雑草が伸び放題の空き地といった様子だ。

 俺が到着して少しすると、ハンクとテオがやってきた。


「おはようございます」


「おう、もう来てたか」


 ハンクは元気よくあいさつを返して、テオは会釈をしたことがかろうじて見て取れる反応を示した。

 特に不機嫌というわけでもなく、いつも通りの様子で安心だった。

 彼の背中に乗る以上は情緒不安定では任せるのに不安が残る。


「先に俺の方で確認しておいたんですけど、出発前にもう一度魔道具の確認をしておきましょうか?」


「そうだな。ランスの中ならまだしも、デュラスに飛竜で乘りこんだとなれば、不要な誤解を招く可能性もある」


「……たしかにそうですね」


 ハンクの言葉にいくらか緊張を覚えた。

 言われるまでもないことだが、行き先が他国である以上は気を引き締めるに越したことはないはずだ。


「それじゃあ、周りに人の気配もないし、まずはテオに飛竜に戻ってもらうか」


「……テオ、頼めますか?」


「ふむ、いいだろう」


 テオはこちらの言葉に応じると、わずかな時間で飛竜へと姿を変えた。

 それから、ハンクが素早い動作で鞍を装着した。


「おれが乗るから、その状態で魔道具を試してもらえるか?」


「分かりました」


 ハンクが鞍の上に乗ったのを見届けた後、自分の懐から魔道具セットを取り出した。

 手になじむにはもう少し時間がかかりそうな、箱型の照射装置とリモコンもどき。

 それらを手にしたままテオの側に立ち、スイッチをオンにする。


 魔道具から一筋の光が放たれて、テオの胴体に接触する。

 その直後、テオとその背に乗ったハンクの姿が消えてしまった。


「マルク、こいつはすげえな。認識を阻害するわけじゃなく、ホントに見えなくなるとは……」


 ついさっきまでハンクがいた場所から声だけが響いた。

 これは姿を隠すだけに留まり、音を消すわけではないことが確認できた。

 老人の説明に足らない点がありそうなので、魔道具の効果には注意しておいた方がよさそうだ。


「多分ですけど、ハンクが消えてるのはテオに触れているからだと思うので、確かめるために下りてもらってもいいですか」


「ああっ、分かった」


 ハンクが地面に下りたことが足音で分かった直後、見えなくなっていた彼の姿が見えるようになっていた。


「うん、完璧だと思います」


「こいつは不思議だな」


 ハンクは自分の両手を動かしながら、まじまじと見つめていた。

 彼が反応を示すのは初めてのような気がした。

 

「これで確認は済んだので、テオに飛んでもらいますかね」


「目的地までの距離と位置関係は説明済みだ。あいつは覚えるのが早いから、ちゃんと連れてってくれるだろうよ」


 俺たちは言葉を交わした後、順番にテオの背に乗った。

 ハンクが用意してくれた鞍には取っ手がついており、そこを持っている限りは落下の心配はせずに済みそうだ。

 

「じゃあ、消しますよ」


「ああっ、頼む」


 手にした装置を操作して、自分とハンク、テオの姿を見えない状態にした。

 直接手にしているためか、装置まで透明になってしまったが、手の感触を頼りに懐に収めた。

 何とも不思議な状態になっているため、まだ慣れていないはずのテオのことが気にかかる。


「飛びにくいと思うんですけど、目的地まで行けそうですか?」


(……ふん、この程度のことなど恐るるに足らず)


 若干、強がりのようにも聞こえる声が脳裏に響いた。

 不安を打ち消そうとしているのか、透明な状態の翼が強くはためくのを感じた。


「この前と違って鞍があるので、多少は速度を上げても問題ないですよ」


(おぬしたちを振り落としたとなれば寝覚めが悪い。今回も安全運転で行こうではないか)


 テオは会話を続けつつ、徐々に地面から離れていった。

 すでに経験済みではあるものの、何とも言えない浮遊感には慣れない。

 眼下に町並みを見下ろせる高さに到達したところで、テオは徐々に前進を始めた。

 

 高度が上がると遮蔽物がない分だけ、直射日光が強く感じられた。

 その分だけ風も強くなり、いくらか暑さがマシになるような感覚もある。

 テオは少しずつ速度を上げているようで、吹きつける風の強さがさらに増した。

 

 前方に目をやると、先の方に木々が生い茂る小高い山が見えた。

 そこまで距離は残っているものの、平地と同じ高さで進んではぶつかってしまう。

 それを見越しての上昇なのだろう。


「こいつはなかなか楽しいな!」


「……すごい、余裕ですね」


「ははっ、悪いな。おれは落っこちたところで、魔法を使って衝撃を和らげることができるから、そこまで心配してはないんだ。まあ、全くの無傷では済まねえと思うがな」


 ハンクは風の音をものともしないように豪快に笑っていた。

 魔法が命綱として機能するならば、精神的な余裕はずいぶんと変わってくるだろう。


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