魔道具の完成
店の状態を確認し終えてから、椅子に座って待っているテオに声をかけた。
「これから宿屋に案内するので、ついてきてもらえますか」
「うむ、同行しよう」
テオは素直に応じて、椅子から立ち上がった。
俺たちは店を出発して、町の中心部から近い距離にある宿屋に向かった。
それなりに人通りの多い場所であるため、静かな空間で生きていたテオには刺激が少し強いかもしれない。
今までは接点があるのはエルフばかりだったと思うわけだが、これからは人間という種族にも慣れてもらう必要があると考えていた。
宿屋へ向かう道中、ほとんど会話のないまま目的地に到着した。
そこは標準的な宿屋という感じの見た目で、庶民的な雰囲気が感じられる。
テオの宿代は自分が負担するつもりだが、これよりグレードを上げてしまえば、お財布事情が厳しくなってしまう。
「マルクよ。ここがおぬしの言っていた宿屋か」
「はい、そうです。早速、中に入りましょうか」
テオを先に入るように促して、自分は後から入ってドアを閉めた。
ロビーはそれなりの広さがあり、受付のカウンターでは先客が主人と話していた。
その主人とは旧知の仲なので、テオの宿代を長期滞在を理由に値引いてもらうつもりだった。
しばらく様子を窺っていると主人の手が空いたので、テオと二人で受付に近づいた。
「やあ、ドニ。久しぶりだね」
「ずいぶん久しぶりじゃないか。元気にしてたか?」
「こっちはまずまず。そっちは?」
「まあまあだな。宿屋の売上は好調だし、特に困ることはないわな」
ドニは俺よりも少し年上だが、冒険者を始めたのが同じ時期だったため、気さくに話せるような間柄だった。
彼は会話の途中でテオに目を留めると、同じ方向に視線を向けたまま口を開いた。
「隣にいるのはマルクの連れか? 珍しい髪の色をしてるけど、どこから来た?」
「彼はメルツの国境近くの田舎から。しばらくこの辺に滞在して、地元にはないものを学びたいそうなんだ」
「ああっ、なるほど。おいらはドニ、よろしくな」
ドニは人懐っこいような笑みを浮かべて、テオに声をかけた。
一方のテオは反応が薄かったものの、ここは応じた方がいいと判断したようで、ゆっくりと話し始めた。
「……我はテオ。よろしく頼む」
ここに世話になると知っているからなのか、今までよりも口調が丁寧だった。
「ああっ、それであいさつに来たわけじゃないんだろ」
「テオをしばらく泊めてほしいんだけど、長期で泊まれるような部屋は空いてる?」
「途中で部屋を移ってもらうかもしれないぐらいで、特に問題はないな」
「ありがとう。助かるよ」
ドニに対して小さく頭を下げた。
彼は大したことないと言うように、顔の前で左右に手を振った。
「期間はどうする? 話を聞いた感じ、予定が固まってはいないみたいだな」
「とりあえず、一ヶ月ぐらい? それを基準に値段を決めてもらえたら」
「代金は最後にまとめてでもいいけど、どうしておく?」
ドニの問いかけに対して、しばし黙考する。
いくら高級ではないとはいえ、まとまった宿屋の代金となれば金額は大きくなる。
まずは手付金を支払うことにしておこうか。
「じゃあ、ひとまずはこれで」
懐の財布から金貨二枚を取り出し、受付にいるドニに手渡した。
「これだけあれば前払いには十分だ。細かい部分は精算する時に帳尻を合わせる」
「うん、それで構わない」
ドニに答えた後、テオの様子に目を向ける。
町に来たことはないと思うのだが、一人にして大丈夫だろうか。
「何かあればテオっちのことはおいらがフォローするから。国境近くとなるとずいぶんな田舎だし、慣れない土地の生活は不安もあるだろ」
俺が心配しているように見えたのか、ドニは穏やかな声で言った。
「それは助かる」
「お前は自分の店のこともあるだろ」
「……ドニ」
テオ不在のままで話が進んでしまっているものの、ドニの親切はありがたかった。
少し申し訳ない気もするが、この辺りで帰らせてもらうとしよう。
「それじゃあ、テオ。困ったことがあれば、俺やドニに頼ってもらえばいいから」
「心配いらん。町での生活の仕方なら、本で読んで頭に入っている」
どんな本を読んだのか想像もつかないので、偏った知識でないことを願うばかりだった。
翌朝。俺は自宅を出て店にいた。
いつもより多い落ち葉を片付けてから、敷地内の椅子に腰かけて考えを巡らせた。
当初の予定では今日から営業再開するつもりだったものの、仕入れやメニュー決めのことを計算すると無理のある予定になる。
「……店を開くのは明日にして、今日はセバスのところへ顔を出したり、下準備に時間をかけるようにしよう」
大まかに予定を立てて動き始めると、あっという間に一日がすぎてしまった。
そして翌日。予定通りに店を開くことができた。
一時のジェイクブームは去り、彼目当てに来店する客層は足が遠のいているが、元々の常連客たちのおかげでそれなりに繁盛した。
それからしばらく店の営業を続けた後、頃合いを見計らって、老人の元を訪れた。
二度の訪問でバラムから山中のテントまでの道のりは覚えており、特に迷うことなくたどり着くことができた。
今回もリビングのようなところに通されて、出された紅茶を飲みながら話すことになった。
「いやはや、待たせたのう」
「いえ、お気になさらず」
俺と老人はテーブルを挟んで、向かい合うように座っている。
老人は話が始まったところで、テーブルの上に見慣れないものを置いた。
片手で掴めそうな箱型で、それを動かす装置と思われるリモコンめいたものが一緒に用意されていた。
「肝心の用途を聞きそびれたんじゃが、これならそれなりに大きい家ぐらいまでは隠すことができる。この装置にオンとオフがついていて、オンにした後、隠したい対象に対して魔力を放出するようになっておる」
老人が試しに見せると操作を始めた。
設定がオンになってから、装置から光が出始めたかと思うと対象になったカップは消えてしまった。
「これでオフにすれば元通りになる」
老人が手元の装置を操作すると、コップは元の位置に現れた。
「……おおっ」
すでにテントを丸ごと隠す光景は見ているものの、とんでもない技術であることを再認識させられた。
これならば、テオを隠すことも十分可能になるはずだ。
金色のクレヨンからのお願い
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
よろしければブックマークと評価【★★★★★】の方、よろしくお願いいたします。
作者のモチベーションにつながります。