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ソラルとの別れ

 テオが安全な航行を心がけてくれたようで、飛行中は何ごともなかった。

 村人の目に留まるのを避けるため、村外れに着陸してもらい、そこからは歩いて村に向かった。

 温泉でゆっくりすごしていたので、エルフの村に戻る頃には夕方近くなっていた。


 俺たちが人の姿になったテオと四人で歩いていると、待ちわびていたかのようにコレットが歩いてきた。 


「おかえりー。温泉は楽しかった?」


「はい、いい雰囲気の場所でしたよ」


「コレットにお土産があるわ」


「えっ、ありがとう!」


 アデルが荷物の中から布の包みを取り出した。

 彼女がそれを開くと、中から温泉蒸しパンが現れた。


「いい匂いがするけど、食べられるの?」


「温泉蒸しパンよ。温泉の蒸気で作ったパンみたい」


「やった、うれしいな!」


「柔らかいから気をつけてね」


 コレットはアデルから温泉蒸しパンを受け取ると、じっと見つめた。

 初めて見るようで、興味津々といった様子だ。


「おやつを食べたらご飯が食べられないから、食後のデザートにしようかな」


「ええ、構わないわ」


「そうそう、今日はみんなで夕食にしようよ。材料を用意して宿に行くから待ってて」


 コレットは話を終えると、軽やかな足取りで立ち去った。

 俺たちは宿に移動して、荷物の整理をしたり、室内の掃除をしたりした。

 

 コレットが言った通り、夕食は彼女が準備してくれたものを食べて、その後はアデルだけコレットの家に泊まることになった。

 テオは元いた草原の方に戻るかと思ったが、そのまま残って空いたベッドで寝ると言い出した。

 そんな感じでエルフの村での夜は更けていった。




 翌朝。温泉の効果とおばあさんに軽くマッサージをしてもらったおかげで、寝覚めはこれまでにないほど良好だった。

 宿の中で顔を洗い、身支度を整えた後、出発できるように準備をした。

 テオという移動手段が手に入ったとはいえ、エルフの村は気軽に来れる場所ではないので外に出て散策を始めた。

 

 歩き始めてすぐに身体が軽いことに気づく。

 温泉の効果はもちろんだが、ソラルに癒しの業を受けたことも関係しているだろう。

 もしも冒険者時代にこの状態がキープできたならば、Bランクまで到達できたのではと益体もない妄想を浮かべながら、朝もやの浮かぶ村内を歩いた。


「……いやいや、フランほどの領域に達するには天賦の才が必要だよな」 


 淡い希望を自ら打ち消した後、気がつくと村の中を一周していた。

 ハンクの件も含めてお世話になったので、最後にソラルに声をかけていこうと思った。


 民家の数は限られているため、数日の滞在で位置関係は把握できていた。

 俺は宿の前からソラルの家に向かった。


 彼の家の前まで歩くと、玄関のドアをノックした。

 少し時間をおいて、ソラルが顔を出した。


「おはよう。何か用かな?」


「今日、この村を出るので、別れのあいさつに伺いました」


「わざわざありがとう。実はハンクくんも来ているんだ」 


「えっ、そうなんですか?」


 宿を出た時は部屋にいたと思ったが、俺が散歩をしている間にここへ来たようだ。

 彼がいることに驚きつつ、くんをつけて呼ばれるのを珍しく感じた。

  

「よかったら、中に入りなよ」


「はい、お邪魔します」


 玄関から室内に入り、奥のダイニングに案内された。

 家の中ほどに進んだところで、ハンクの姿が目に入った。

 この家に溶けこんでいるような様子で、席についてお茶をすすっている。


「おう、マルク」


「ハンクも来てたんですね」


「あの時は窮地を助けてもらったからな。今朝は礼を言うつもりで訪ねたら、逆に朝食を出してもらっちまった」


 ハンクは少し恥ずかしそうに笑った。

 彼の前にはパンや目玉焼きの乗った皿があった。


「せっかく来てくれたのに質素な食事ですまないね」


「いいや、歓迎されるっていうのはありがたいもんだぜ」


「マルクくんの分も用意するから、椅子に座って待ってくれるかい」


 そうソラルに促されて、ハンクの近くの椅子に腰かけた。

 

「ありがとうございございます。それじゃあ、お言葉に甘えて」


「冷めちまうから、先に食べるな」


「はいはい、お構いなく」


 こちらに声をかけた後、ハンクは食事を始めた。

 それを横目で見ながら待っていると、ソラルが飲み物の入ったカップを置いた。


「もう少しかかるから、まずはお茶をどうぞ」


「あっ、どうもです」


 俺はカップを手に取り、湯気の浮かぶお茶をゆっくりとすすった。

 ハーブの芳香と柑橘系のさわやかな香りが混ざり、朝の目覚めを促すような風味を感じた。

 ソラルを含めた三兄妹の家は裕福らしいが、上品なものを自然に差し出すところからそういった雰囲気が見て取れる。


「はい、お待たせ」


「あっ、美味しそうですね」


 テーブルに置かれた皿の上に焼きたてのパンと、ほかほかと温かそうなオムレツが乗っていた。

 

「目玉焼きにしようと思ったら、卵がきれいに割れなくてね。オムレツにさせてもらったよ」


「いえいえ、どっちでも気にしません」


 ソラルからフォークを受け取って、すぐに料理を食べ始めた。

 パンは食パンのようなものではなく、ロールパンのような見た目だった。

 それをちぎって、少しずつ口へと運ぶ。


「このパン、風味がいいですね」


「ここでは小麦が収穫されないから、他の村人が仕入れたものを分けてもらっているんだ。お口に合ったみたいでよかったよ」


 パンを何口か味わった後、オムレツを食べやすい大きさに崩してから口にした。 

 シンプルな味わいで雑味がなく、ほどよい塩加減が美味しさを引き立てている。


「オムレツも美味しいです」


「うん、よかった」


 こちらの言葉を聞いて、ソラルはうれしそうに笑みを浮かべた。

 それから、じっくり味わいながら朝食を食べ終えた。 


「朝から色々とありがとうございました。お世話になりっぱなしで」


「ううん、気にしないで。よかったら、また来ておくれよ」


「はい、ぜひ」


「じゃあ、そろそろ宿に戻るか」


「ハンクくんも元気でね」


「ああっ、あんたの恩は忘れないぜ」


 俺とハンクはダイニングから玄関に向かい、ソラルに見送られて家を出た。


 長男:ソラル、長女:アデル、次女:エステル、以上の三人が兄妹です。

 エステルの出番が少ないので、読者の方向けに補足しました。

 長寿命のエルフ故に人間の感覚でいうところの兄弟姉妹より年齢が離れています。

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