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復活のテオ

 三人で話していると、出会った頃の話や各地を冒険した思い出話に花が咲いた。

 温泉は熱すぎず、かといってぬるま湯というわけでもなく、会話をしながらゆっくり浸かるにはちょうどいい湯加減だった。

 

 慰安旅行にでも来たかのように盛り上がっていると、おばあさんのマッサージを受け終えたと思われるテオがやってきた。

 パッと見た印象では、最初の頃よりも元気になっているように感じられた。

 

「あの老婆の施術は見事であった。ここに来れたこと、代金の支払いを引き受けたこと、おぬしたちに礼は言っておこう」


「そうか、そいつはよかった。お前もこっちに来いよ」


「ふむ、看板に身体を流せと書いてある。それを終えたら行こう」


 テオは律儀に洗い場に行った後、こちらに歩いてきた。

 基本的に王様のような立ち振る舞いだからなのか、羽目を外した若者のように温泉に飛びこむようなこともなく、静かにゆっくりと近づいてきた。


「そういえば、おばあさんのマッサージが効いたなら、温泉の効能はどっちでもよくなりましたね」


「まあ、テオがどこが悪いか素直に言ったとも思えないし、結果オーライじゃないか」


「手技で我の抱える痛みが治ると聞かされて、おぬしたちを信じたとは思えん。これでよかろう。それはともかく、この湯はなかなかにいい」


 テオは温泉が気に入ったようだ。

 肩まで湯に浸かりながら、くつろいだ顔をしている。


「俺たちは長く入ってるので、適当に上がらないとのぼせちゃいますね」


 そう言葉にした後、ランス城の浴場でリリアに介抱されたことを思い出した。

 ベルン関係の職務で忙しそうにしていると思うが、彼女は元気にしているだろうか。


「温泉を堪能したし、おれはそろそろ出るな」


「私も上がるわ」


「俺も出るので、テオはのんびり入ってください」


 テオに声をかけると、わずかに表情を緩めた。

 何だか上機嫌に見える。

 まさにこれこそ温泉の効能ではなかろうか。


「我に乗らぬと帰れぬだろう。小屋の中で待つのだな」


「それじゃあ、ごゆっくり」


 テオを露天風呂に残して、俺とハンクは男性用の脱衣所に移動した。 

 お湯を吸いこんだ湯浴み着を脱いで、用意された貸しタオルで全身を拭いてから着替えを済ませる。

 湯上がりで身体が火照るのを感じながら、脱衣所から休憩所に移動した。


 ハンクと二人で並べられた椅子に腰を下ろすと、おばあさんが近くの席でお茶を飲んでいた。

 他に温泉客はいないため、合間を見て休んでいるのだろう。


「いいお湯でした」


「そうかね、それはよかった」


 おばあさんはうれしそうに言ってから、二人分のお茶を用意してくれた。

 彼女に礼を言って口をつける。

 ほどよく冷えていて、風呂上がりにぴったりだった。


「ふぅ、気持ちよかったわ」


 そこにアデルが合流した。

 おばあさんは彼女に気づくと、追加でお茶を用意した。

 

「せっかくだから、マッサージとはいかないまでも、身体の状態を見てもらったらどうだ?」


「ちょっと試してみたい気もするんですよね」


「私は彼女の技術に興味があるわ」


 俺たちの様子を見守るようだったおばあさんは、それを聞いて微笑んだ。

  

「さっきのお兄さんの分でしっかり稼がせてもらったから、それぐらいはサービスするよ」


「その件だけれど、いくらだったかしら?」


「あっ、今回は俺のわがままでついてきてもらったので、払わせてください」


「あら、そう? それじゃあお願いするわ」


 俺は荷物の中から現金の入った革製の袋を取り出した。

 この袋を財布として使っており、金貨と銀貨が中に入っている。


「さっきのお兄さんの分は銀貨五枚だね」


「うぉっ、しっかりやってもらったのか……払わせてもらいます」


「ずいぶん、腰が――あっ、今のは忘れておくれ。あのお兄さんは連れに気遣われたくないって言ってたんだ」


 テオのプライドの一部が垣間見える話だった。

 財布から銀貨を取り出して、おばあさんに手渡した。

 彼女はそれを受け取ると受付の方へ向かい、何かにしまったようだった。


「さてと、どっちが先がいいかね」


 こちらに戻ってきたおばあさんは張り切るように言った。

 

「私はもう少し休むから、マルクが先に行ったら?」


「はい、ではお先に」


 俺は席を立って、おばあさんについていった。

 受付の近くに簡易的なベッドのようなものがあり、うつぶせの状態で寝そべるように指示された。


「風呂上がりだから、そのまま寝ちゃいそうだな」


 横になったまま待っていると、背中の上にタオルがかけられた。

 ここは異世界なのだが、転生前にマッサージ屋に行った時の記憶がよぎった。

 たしか、忙しすぎた時期に唯一の息抜きがマッサージだったような。


「そいじゃあいいかね。全身触っていくけど、痛かった時は遠慮なく言うんだよ」


「はい、お願いします」


 それから、おばあさんが身体のあらゆる部分を素早く触っていった。

 多少の筋肉痛は経験があるものの、個人的に気になるところはなかった。


 手先の技術で稼いでいるだけあって、おばあさんの動きは驚くほどによどみが少なかった。

 ある部分に手が触れたかと思うと、いつの間にか次の場所へ移動している。

 最初はうつぶせの状態だったが、途中から仰向けになった。


 背中やお腹、腰などを順番に確認した後、肩から腕という順番だった。

 途中まで止まることはなかったが、右手の肘から指先へと向かうところで、おばあさんの動きがゆっくりになった。


「お前さん、料理人かい?」


「料理店の店主で自分で調理もします」


「包丁を握るのと……何か重たい物を振り回したりするのかねえ」


 おばあさんは手首の辺りを揉みながら、のんびりと言った。


「冒険者だった時、剣をよく振ってました。最近は運動を兼ねて庭先で振るぐらいですね」


「そうかい。肘から手首に負担がかかったみたいだから、あんまり無理しないようにしなさいよ」


「はい、気をつけます」


 おばあさんは見るだけと言っていたが、手首の辺りを入念に揉みほぐしてくれているようだ。

 わずかな痛みを感じるものの、身体の張りが和らぐような感覚になる。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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