おばあさんは隠れヒーラー?
温泉蒸しパンを食べた後は休憩所に移動して、皿に盛られた地獄蒸しの料理を食べることになった。
おばあさんの説明では、この料理は温泉の蒸気で食材を蒸したものを意味するようだ。
テオは不参加のまま、三人で地獄蒸しを食べ始める。
蒸した食材にはトウモロコシのような野菜、ニンジンやカボチャなどがあった。
殻のついた卵もあり、ゆで卵みたいになっている。
「どれもこの辺で採れた野菜だからね」
「俺はゆで卵からいきます」
「私は野菜から食べようかしら」
「ばあさん、蒸しパンのおかわりは頼めねえか?」
「はいよ。ちょっと待ってくれるかね」
俺とアデルは蒸した食材に手をつけたが、ハンクは蒸しパンを追加注文した。
あの味を気に入っているみたいだ。
俺はゆで卵を食べ終わった後、野菜をいくつか口に運んだところで手を止めた。
これから入浴するので、満腹手前にしておきたい。
「そういえば、料金はどうなってます?」
おばあさんが商売っ気を出さないので、うっかり忘れるところだった。
温かいもてなしをしてもらった以上、その対価は支払っておきたい。
「食事の料金はねえ、そんなにもらわなくてもいいんだけどね。温泉の入浴料が四人分で銀貨一枚でいいよ」
「えっ、安すぎませんか? 食事代は……」
「それも含めてだよ。あたしの稼ぎは別であるし、ここは道楽でやってるようなものだからねえ」
おばあさんの表情はどこか満ち足りているように見えた。
二人で話していると、ハンクが会話に加わってきた。
「せっかくだから、あんたの妙技を見せてやったらどうだ?」
「お前さんには効果がないけど、他の三人は初めてだから、それもいいかもね」
おばあさんはそう言うと、受付に戻って何か板みたいなものを取り出した。
それがひっくり返されて、料金表のようなものだと分かった。
この世界ではなく、転生前にどこかで見た記憶がある。
「あたしの稼ぎっていうのはこれだよ。巷じゃ治癒術士だか、ヒーラーっていうんだっけね」
「ばあさん、得られる効果は似てるけど、マッサージをヒーラーとは呼ばないぞ」
「あら、そうなのかい。前に来た観光客が『おばあさんはまるでヒーラーみたいです』なんて感動するもんだから、すっかり信じてしまったよ」
おばあさんは少し照れくさそうに笑った。
「俺は必要ないが、まずはテオからどうだ。持ち合わせがないだろうから、運賃としてマルクかアデルに立て替えてもらえば問題ないだろう」
「まあ、タダで乗せてもらってますし、言い出しっぺは俺なので」
「それぐらいなら大した金額ではないし、立て替えるまでもないわ」
アデルの発言を聞いた後、もう一度料金表に目を向ける。
マッサージのメニューということで肩首から全身までなど、複数のコースに分かれているようだ。
値段の幅は銀貨一枚から八枚までとなっている。
「ほう、興味深いな」
状況を理解するのに時間を要したようで、遅れてテオが加わった。
メニュー表に書かれた「痛みが解消! これであなたも快適生活」のフレーズに惹かれたのだろうか。
「聞いて驚け! このばあさんは触っただけでどこが悪いかすぐに分かる」
「えっ、そんな技が……」
「ソラル兄さんの商売敵……」
「…………」
テオだけは無反応だった。
言うまでもなくプライドが高いので、弱みを見せそうで見せてくれない。
とはいえ、痛みを取りたいのは本心らしく、おばあさんの方に近づいた。
「ああっ、そうだねえ、三人とも施術したら、温泉に入るのが遅くなるから、どこが悪いかだけ見てあげる。それだけならお金はいらないから」
「何っ!? それでは痛みが……」
「それなら、テオだけでも施術を受けて、俺たちは先に入りますよ」
「むっ、よいのか?」
「いいわ、私も気にしないから」
というわけで、テオを除いた三人が先に入浴することになった。
「それじゃあ、男の人二人分と女の人一人分の湯浴み着を渡すよ」
おばあさんは受付の奥から質素な衣服を取り出すと、三人に順番に手渡した。
「湯船は男女一緒だけど、脱衣所は男女別だからね。間違えちゃだめだよ」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、ごゆっくり」
俺たちはテオを残して、その場を離れた。
それからハンクと男性用の脱衣所に入り、湯浴み着へと着替えを済ませた。
二人とも男ということもあり、すぐに準備が済んだ。
二人で脱衣所から屋外につながる扉から外に出た。
周囲には湯気が立ちのぼり、小高い山や木々の緑が見渡せる。
湯船は大人が何人も入れる大きさで、温泉はかけ流しのようだ。
「おれは王都みたいな都会も嫌いじゃねえんだが、こういう爽快な景色もたまんねえよな」
「この雰囲気は最高ですよね。じゃあ、入りましょうか」
脱衣所から湯船に近づいたところで看板が目に入った。
色んなところから温泉客が来るためだろうか、身体を清潔にしてから湯船に浸かってねと書いてある。
お互いに申し合わせることもなく、露天風呂の脇に設けられた洗い場で身体を流した。
洗い場のところに小さな水路のように温泉が流れており、据え置きの桶のようなものでお湯を汲めるようになっていた。
俺たちが湯船に入ったところで、湯浴み着を身につけたアデルが出てきた。
いつもはまっすぐに下ろしている少しウェーブのかかった赤い髪を一つに束ねていて、細く長い手足は透き通るように美しい白さだった。
ハンクと二人で湯船に浸かっていると、身体を流し終えた彼女も入浴した。
「どうだ、いいもんだろ」
「心地いいお湯ね。温泉はほとんど入ったことがないから新鮮な感じ」
「二人とこうやって同じ風呂に浸かる日が来るなんて、何とも不思議な気分になります」
特に意識することもなく、二人と出会ったばかりの頃を思い返した。
あれから店の経営は上手くいっていて、色んな経験ができている。
「たしかに言われてみるとそうだな。おれはバラムが生活しやすいから、何となく拠点になった流れだ」
「私はマルクの店が気に入ったのと、ハンクと同じように生活しやすい部分が大きいかしら」
俺が切り出した話題から、三人で思い出話をするような流れになっていた。
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