約束を守るために温泉へ
「とりあえず、動きっぱなしだったので休憩しませんか?」
ぶっちぎりで体力のあるハンクはともかく、有閑階級のアデルはそこまで体力があるわけではない。
それにテオは意気消沈気味だった。
「そうね、そうしましょう」
「わたしも一緒に行く」
俺たちは総勢五人で宿に使っていた民家に移動した。
室内へ足を運んだ後、コレットが人数分のお茶を用意してくれた。
基本的に天真爛漫な雰囲気だが、意外と面倒見がいい。
「テオが背中に乗せてくれるそうなので、彼の提示した条件にあった温泉に行こうと思うんですけど」
「おれが教えたところだな。テオが三人乗せられるなら、すぐに行けるんじゃないか」
「場所はどの辺りですか?」
「国境を越えて、メルツ側の村にある」
ハンクが指を動かしながら、大まかな位置を示した。
距離感は分かりにくいものの、位置関係は把握できた。
「たしか、書くものと紙ならあるわよ」
アデルが室内を探して、紙とペンを持ってきてくれた。
ハンクはそれを手にすると、地図のようなものを書き始めている。
普段はラフな印象だが、熟練の冒険者ぶりを発揮するように精巧な筆づかいで地形が描かれていった。
「――うん、これで完成だな」
「これは分かりやすいです」
「ハンクは器用なのね」
出来上がった地図は現在地と目的の位置関係が分かりやすく、大体の距離も把握できるような仕上がりだった。
ハンク以外の全員で地図を見つめている。
「ああっ、それで目的地がここな。メルツにあるモルジュという村だ」
「おおっ、その村に万病に効く温泉が」
「ハンクよ、その話に偽りはないのだな」
「もちろんだ。テオはもう少し俺たちを信用しろよ」
ハンクは軽口を叩くような言い方をした。
テオの言葉をさほど気にしていないのだろう。
「そういえば忘れていたけれど、テオが飛んでいたら、目立つんじゃないかしら」
「あっ、それはそうですね」
「この際、それを気にしないというのもありかもな」
ハンクの意見はともかく、ジョゼフも飛竜が目立たないように気をつけているようだったので、俺たちも同じようにした方がいい気がする。
「それなら、いい魔法がある」
コレットがびしっと手を挙げて発言した。
「おおっ、そんな便利な魔法があるとは」
「この中では、アデルぐらいにしか扱えないと思う。それぐらい難しい」
どんな魔法なのか分からないが、コレットは解決策を知っているようだ。
「ねえ、コレット。簡易結界を魔法で操作するみたいなものかしら?」
「系統としては幻覚魔法になるかな。必要ならアデルに教える」
「そうね、お願いするわ」
「アデルならすぐに覚えられるから、そんなに時間はかからないと思う」
コレットは俺やハンクに声をかけた後、アデルと二人で宿を出て行った。
そのまま椅子に座って待っていると、二人が戻ってきた。
「さすがはアデル。すぐに覚えられた」
「思ったよりも簡単だけれど、マルクたちには難しいかも」
アデルは先ほど座っていた位置に戻ると、カップに入ったお茶に口をつけた。
労力ゼロというわけにはいかなかったようで、少しばかり疲労を感じさせる様子だ。
「コレットが話していたように幻覚魔法の一種ね。テオを中心に幻覚魔法で認識を阻害して、何もないように見せる効果があるわ。発動中は見えないだけで、消えるわけじゃないから、何かが接触すればダメージを受けるし、障害物をすり抜けたりすることもできないみたい」
「周りから見えなくなるなんて、すごい魔法ですね」
「ベルンみたいな国が覚えたら、ロクなことに使わないはずだから、あまり広まってないみたい」
アデルは事もなげに言っているが、習得速度が尋常ではない。
彼女の実力とコレットの教え方の二つが噛みあったことも理由の一つだと思われた。
「これでテオが心おきなく、飛ぶことができるな」
「我は人の目など気にせぬが、おぬしたちとは約束を交わした身。目立たぬようにというのならば、その魔法を使うがよい」
テオ本人の同意もあるので、実際に使えそうな流れになった。
これで出発しても問題なさそうだ。
「それじゃあ、荷物をまとめてモルジュに向かいましょうか」
「そうだな」
「ええ、そうしましょう」
俺たちはそれぞれに準備を済ませた。
テオの重量制限に引っかかるといけないので、必要最低限の荷物にすることになり、それ以外は宿に置いていくことになった。
時間はかからない予定だが、乗ってきた馬はひとまずコレットにお願いした。
出発前のタイミングになったところで、ハンクがテオに地図の説明を始めていた。
徒歩や馬車で移動する場合とは異なり、上空から進めるので、距離感さえ分かれば簡単そうな気がした。
「テオのやつ、長生きしてるだけあって、頭はいいみたいだな」
「地図は理解してもらえたんですね」
「空からどう見えるかまでは自信がないが、目印と距離感を注意するように伝えて、それを理解したようだから大丈夫だろう」
実際に飛ぶことができるテオはともかくとして、空からどう見えるかを想像することは難しい。
かろうじて、転生前の記憶で補うことはできるものの、航空機に乗った程度の記憶しか残っていない。
やがてテオが飛竜の姿に戻り、俺たちを乗せる時がきた。
まずは言い出しっぺの俺が先頭に乗り、続いてアデルが乗りこむ。
最後にハンクが乗ったところで出発かとなりそうだったが、馬のように鞍がないことで座りにくいことに気づいた。
「次回は鞍がほしいですね」
「そうね、今はしがみつくしかないもの」
アデルと話しつつ、肝心の重量についてテオに声をかける。
「どうですか? 三人いけそうですか?」
(この程度ならば乗せてやろう。出発したら、振り落とされないように我の背中を掴んでいろ)
「そろそろ、出発するみたいです。アデルは幻覚魔法の準備を」
「ええ、分かったわ」
テオは両翼を動かして、離陸の準備に入った。
エルフの村は閑散としているため、誰も見ていないのは幸いだった。
「いってらっしゃーい!」
コレットが大きく手を振って見送りをしてくれた。
翼の半径に入ると危険なため、テオからは少し離れている。
「すぐに戻ります!」
俺は片方の手を振って、コレットに応えた。
次第にテオの身体が持ち上がり、両手で背中を掴んだ。
当然ながら竜に乗るのは初めてで、不思議な浮遊感を覚えた。
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