結界を越える飛竜
草原の中を通る道を引き返して、森の手前に来たところでテオと別れた。
テオから聞いた話では、結界の影響で先に進めないということだった。
それから、精霊の浮かぶ森の中を三人で歩いていた。
飛竜もといテオとの話がまとまり、足取りが軽くなるような感じだった。
移動の途中で、ハンクが話しかけてきた。
「そういえば、飛竜の名前が妙なんだよな」
「たしか、テオボルトでしたっけ?」
「ああっ、珍しい名前だが、おれより前の世代の優れた冒険者と同じなんだよ。飛竜に人間みたいな名前があるとは考えにくいから、テオボルトと面識があったんじゃないかと思ってな」
ハンクの言葉は何かを懐かしむような雰囲気があった。
テオボルトという人物について詳しくないが、ハンクが気にかけるぐらい腕の立つ冒険者だったのだろう。
元冒険者の俺を含めた、たくさんの人間がハンクに憧れを抱くように。
草原と村の間にある森を抜けてから、俺たちは手分けしてコレットを探し始めた。
アデルの話では結界の調整をしたり、動ける範囲で歩き回ったりしているらしい。
村自体はそこまで広くないと思っていたのだが、結界の範囲に含まれる面積は思ったよりも広かった。
コレットの行きそうな場所に見当もつかず、村の外れを歩いていると何かを調べている様子の少女を見かけた。
もう少し近づいてみると、それがコレットだと分かった。
「探していた飛竜が乗せてくれるようになったんですけど、村の結界を通れないみたいで……」
俺はコレットにテオと交渉したこと、人の姿になれることなどを説明した。
「おおっ、やるねえ。飛竜が人間の言うことなんて聞くんだ」
コレットは感心したようにこちらに目を向けた。
「従ってくれたというより、お互いの利害が一致した感じですね」
「ふーん、そうなんだ。それで通れるようにしたいんだって?」
「はい、何かいい方法があれば頼めませんか?」
「うーん、どうしようかなー」
コレットは腕組みをしながら考えこんでいる。
エルフの少女がそうする様子は愛らしい雰囲気だった。
「よーし、弟子の頼みとあらば、聞いてあげようじゃないか」
「あっ、俺は弟子に認定されてるんですね」
「じゃあ、結界の境界まで行こう」
コレットは意気揚々と歩き出した。
どのようにそれを可能にするのか見当もつかないが、自信ありげな彼女を見ていると何とかなりそうな気がした。
「先に行っていてください。アデルとハンクに声をかけてきます」
「うん、了解」
俺は別の場所でコレットを探していた二人に状況を説明した。
それから、三人で彼女の後を追った。
やはり、コレットは境界までしか行けないようで、飛竜探しの時に見送ってくれた場所と同じところで待っていた。
そこまで時間は経っていないものの、少し退屈しているように見えた。
「待ちくたびれたよ」
「お待たせしました」
コレットはおどけた様子で怒ったような仕草を見せた。
エルフ全般に言えることなのだが、時間に関して寛容な印象を持っている。
もっとも、人間社会に浸りまくりのアデルは例外になるのだが。
「今、結界を確認したけど、飛竜はこっちに入れないようになってる。たぶん、境界を設定した先人がそうしたんだと思う」
「先人にとって、飛竜は危険という認識だったんですか?」
「そればっかりは、わたしには分からない。向こうの空間に関しては誰がどうやって作ったか知らないし、だからこそ、不慮の事故が起こらないようにしたんじゃないかな」
コレットに答えを求めてもどうしようもなかった。
彼女は代々引き継がれている管理者の一人でしかない。
テオのことが気の毒に思ったが、飛竜について詳しくなかったのであれば、危険を回避しようとしたことを責めるべきではないとも思う。
「ねえ、コレット。飛竜が引っかかってしまう設定は解除できるのかしら?」
「現在、新しい設定を読みこみ中ー。もう少ししたら、飛竜がこっち側に来れるようになる」
そのまましばらく待っていると、コレットにが口を開いた。
「――これで完了! 向こうに待ってるなら、迎えにいっていいよ」
「はい、ありがとうございます」
俺とアデル、ハンクの三人で森を歩き始めた。
今日何度目かということもあり、精霊の浮かぶ光景に慣れが生じていた。
森を抜けたところで、テオが仁王立ちで待っているのが目に入った。
不遜な態度に見えるものの、不機嫌という感じではなさそうだった。
「お待たせしました」
「結界の障壁を通らんとする大仕事。いくらでも待つつもりだ」
「飛竜というか、テオが通れない制限が解除されたみたいなので、これで森から村の方に出れます」
「では、向かうとしよう」
テオは思ったよりも乗り気で、すぐに進もうとした。
俺は慌ててそれを引き留める。
「森の中は一本道ですけど、迷うといけないので、後ろを歩いてもらってもいいですか?」
「ふむ、仕方がない。従うとしよう」
予想したよりも素直な気がするが、やっぱりハンクのおかげだろう。
アデルとハンクを前にして、その後ろにテオ、最後尾に俺という並びで歩き出した。
テオは森の中に初めて入るようで、精霊の浮かぶ様子に興味を示していた。
それと結界の影響を気にかけるように、何かを警戒するような素振りも見せた。
俺自身も緊張を覚えたが、何ごともなく森を通過できて胸をなで下ろした。
森を出て村の方へ歩いていくと、コレットが待っていてくれた。
「すごーい! それが飛竜なんだ。ホントに人の姿になってる」
「おい、この少女は何だ? 我は見せ物ではないぞ」
テオは少しイラっとした様子で、コレットを一瞥した。
だが、その程度で我が師匠は怯まなかった。
「誰が通れるようにしてあげたと思ってるのかな? ここで結界の条件を変えたら、キミは元の世界に弾き飛ばされるよー」
「……マルクよ。この少女が守り人なのか?」
「はい、そうです」
「少女よ――」
「コレット」
コレットは言葉の通じない相手に名前を示すように、自分を指でさした。
「……コレットよ、我はマルクたちと相互不可侵の約束をしている。おぬしもそうすべきだと我は思う」
「コレットちゃんは大人のレディーだから、その条件を吞んであげましょう」
コレットは腕を組んで堂々と宣言した。
テオに反撃の手がないことを思えば、少しだけ気の毒に思った。
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