飛竜の提示した条件
最初は迷惑そうだったが、飛竜は徐々に態度を軟化させるようになっていた。
脳裏に響く声の調子も少しだけ穏やかになった気がする。
「ちなみに大事なことなので、先に伝えておきたいことがあります」
(どんなことだ? 申してみろ)
「俺は焼肉屋というものを経営しています。あなたの翼があればあちらこちらに出向いて、色んな材料が仕入れられると思い、それが今回の交渉に至った経緯です」
途中途中でブチ切れそうな気配はあったものの、誠実に応じてくれた相手への敬意でもあった。
それに交渉が成立した後、「お前のアッシーにはならん」とお怒りになったら、ここまで話し合いをした意味がなくなる。
(……ほう、お主は商人の類だったか)
飛竜に怒り出す気配は見られなかった。
もしもの時に備えて身構えたところなので、拍子抜けするような感じもした。
こちらへの理解を示しつつあるタイミングなので、そろそろ交渉をまとめていきたい。
「それでどうでしょう? 俺を背に乗せてもらうというのは」
(ふむ、いいだろう。その前に我から条件を出す)
「じょ、条件ですか?」
予想外の事態に緊張が走る。
温泉とここから出られる以外、何か希望があるのだろうか。
(では、順番に述べる――)
飛竜が提示したのは以下の条件だった。
1:定員は二人まで(ただし重量次第で増減します)
2:夜間は鳥と同じように夜目が利かないので飛べません(緊急時は応相談)
3:目的地は話し合ってから決める(双方の同意が必要です)
俺の言葉で意訳するとこんな感じになる。
「うーん、妥当なところだと思います。最大で二人以上乗れるというのはありがたい。ハンクはドラゴン相手でも戦えるので、彼が一緒ならどこに行っても大丈夫ですし」
(おい、ハンクというのはあそこにいる男のことか?)
飛竜は尊大な気配を保ったまま、どこか緊張を感じさせる声を脳裏に響かせた。
ここまでの話し合いで初めての反応だった。
「そうですけど、ハンクがどうかしましたか?」
(……その、具体的にドラゴンと戦えるとは?)
「彼はSランク冒険者なので、一人でも小型のドラゴンを倒せるほど強いですよ」
具体的という単語が好きだなーと思いつつ、飛竜の質問に応じた。
交渉相手に対して、誠実に接して損はないだろう。
(……ごくり)
飛竜は神通力みたいなもので語りかけていたにもかかわらず、その声の中に喉を鳴らす音が聞こえたよう気がした。
終始強気だったからこそ、怯むような気配を感じたのは予想外だった。
音声だけでは情報が足りないので、同じ位置に立ったままの飛竜に目を向ける。
ずっと仁王立ちしていたわけだが、俺と目が合うとわずかに視線を逸らした。
ハンクのことを警戒――飛竜に配慮してビビったとは言わない――しているように見えてしまう。
(我は不毛な戦いを好まぬ。よって、四番目の条件に相互不可侵を付け加える)
「そんなに構えなくても、ハンクは好戦的ではありません」
(勘違いするでない。双方に不要な損壊を出さぬためだ)
「……損壊って大げさな」
ここに出入りしたことのある人間から、何かされたことがあるのだろうか。
話題を掘り下げたところで、素直に答えるはずもないので、条件を一つ追加した。
「これで合計四つですね。あとはいいですか?」
(ふむ、問題なかろう。気づいていると思うが、我は村へは入れぬようになっている。今代の守り主に結界を通れるように話を通してくるがよい)
守り主とはコレットのことだろう。
彼女が何か手を加えれば、飛竜はこの空間から村へ移動が可能になるという話だ。
結界の件はクリアになるとして、もう一つやるべきことがある。
「……ところでその大きさのままだと、村とここの間にある森を抜けられないと思うんですけど」
(その程度は取るに足らぬことよ)
森を焼き払うとか、木々をなぎ倒すとか言い出さないか不安を覚えた。
しかし、目の前の光景を前にして、一時的に思考が中断させられた。
飛竜の周りで光が放たれた後、そこには一人の人間の姿があった。
「――えっ?」
俺がそのまま前を向いていると、正面からその人間は近づいてきた。
肩の辺りまで伸びた淡い緑色の髪の毛と古めかしい服装。
端正で整った顔立ちは中性的で、見た目だけでは性別が見分けられない。
外見年齢は十代後半から二十歳ぐらいに見える。
「どうだ? この姿ならば森を抜けることなど容易だ」
「……あれ、声が」
飛竜が姿を変えたということは理解できていた。
さらにこの状態だと肉声で話せるようで、見た目のままに若々しい声だった。
しわがれた声を想像していたので、何だか違和感がある。
「共に世界を旅しようというのならば、互いに名乗るべきではないか」
「あっ、そうでした――」
「我の名はテオボルト……テオと呼ぶがいい」
俺が名乗る前に飛竜もとい、テオが名乗りを上げた。
最初の尊大な態度に比べれば、だいぶマシになった気がする。
ハンクという抑止力のおかげだろうか。
「俺はマルクです。よろしく」
そんなことは顔に出さず、あくまで自然に名乗った。
テオと向かい合っていると、後ろで見守っていたアデルとハンクが近くにきた。
「こいつはすげえな、変身能力とは」
「見ていて心配だったわよ」
「話がまとまってホッとしました。あとはコレットの許可をもらうだけです」
「ええと、テオだっけか。おれはハンク。よろしくな」
「私はアデルよ。よろしくね」
二人はテオに声をかけた。
彼は表情を変えず、引き続き尊大な態度で口を開いた。
「おぬしたちも我の背に乗るならば、相互不可侵の条件は守ってもらうぞ」
「なんだそれ?」
経緯を知らないハンクが戸惑っているようなので、俺が話の流れを説明した。
アデルも近くにいたので、彼女にも内容が伝わった。
「ああっ、なるほど」
「そんな約束がなくても、やたらに攻撃したりしないわよ」
ハンクは大したことではないというような返事をして、アデルは馬鹿らしいと言いたげだった。
「とりあえず、コレットのところに行きたいので、来た道を戻りましょう」
「途中までしか同行できぬが、我もついていこう」
「呼びに戻る手間が省けるので、助かります」
俺たちは四人で歩き出して、来た道を引き返した。
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